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5.オデッサ号
 翌日、朝起きると後藤氏が全員を集めた。
「何です? こんな朝早くから」
「今日は朝食が終わった後、重大な発表があります。我々の新兵器がついに完成しました。朝食が終わったら地下の格納庫に降りましょう」
「地下の格納庫? そんな物まであるのですか?」
「そうです」
 後藤氏は大きく頷いた。
「はい、佐伯さん」
 寺戸が僕の目の前に、エプロンを差し出す。
「えっ? 何これ?」
「あれ? 知らなかったんですか? 今日から食事係を交代でする事になったんです。今日は佐伯さんの番ですよん」
「えっ? 僕も料理を作るの!?」
「そーです。お料理です。頑張ってね」
 僕は止むを得ずエプロンをして台所に立った。
「超常現象調査会って、おさんどんもやるのか?」
 献立表を見ると、味噌汁、御飯に目玉焼き、焼きタラコに漬物と書いてある。何とか僕でも作れそうだ。御飯が炊飯器に入っているのを確認すると、料理を作り始めた。
「この会って、結構忙しいなあ」
 食事が済むと、僕は後藤氏に尋ねた。
「あの、今日は皆さん仕事は?」
「大丈夫です。この中で時間に拘束されるサラリーマンは、田村刑事と平田刑事だけです」
「今日は後で一度、府警本部に顔を出し、すぐまた戻りますから」
 田村刑事が答えた。
 こういう風に妙に所帯じみている所がこの会の特徴だな。
僕は一人でため息をついた。
 一時間後、僕等は後藤氏の書斎に集っていた。
「ではそろそろ御披露といきましょう! 田村君」
「はい」
 後藤氏がそう言うと、田村刑事が壁にかけてあった能面の般若の角の部分を時計方向に捻る。突然、ギギギギ! という何かを引きずるような音と共に、壁際の書棚が横にスライドを始めた。そこからは階段が伸びていてそれが地下に通じていた。
「降りましょうか」
 後藤氏を先頭にして狭い階段を降りていく。やがて全員が地下の開けた空間に入ると今度は平田刑事が手探りで壁際のスイッチを押した。天井の方でパチパチッっと蛍光灯のつく音がして、格納庫の中を見渡せるようになった。
 「こんなに機械が…」
 後藤氏のいう新兵器製造に使う機械なのだろうか? 色んな機械が虫の羽音にも似たような微かな音を出し続けていた。
 今度は後藤氏が手元に持っていたリモコンのような物を取りだす。
 「それは何です?」
 「向こうの壁際をご覧なさい」
 後藤氏がそのリモコンのスイッチを押すと途端に格納庫の右側の壁がゴゴゴゴゴゴゴ!と地鳴りのような音を立てて動き出した。向こうの暗闇からは微かな冷気が漂ってくる。やがてゆっくりと巨大な物体が目の前に出現した。僕はその物体を見て驚いた!
「なな、何ですか? こりゃあ!」
 現れたその物体は、何と改造されまくった一台の車だった。車というより殆ど装甲車か戦車だ。
「私が趣味でコツコツと作っていたのですが、とうとうこんなになってしまいました」
「こんなに、なってしまったって。どうやったら、こんなになるの? 殆どミリタリーマニアの世界じゃないですか!」
 その車をよく見ると、ざっと全長は十メートルくらいだろうか。あちこちに、太い鉄パイプ(ガーター)が取りつけられ、装甲もかなり厚くなっている。車の左右には大型の玉砕バスターが取りつけられ、そして屋根には…
「あの、これまさか」
「そのまさかのロケット・ランチャーです」
「ロケットランチャー? 後藤さん! いくら何でも、もの凄過ぎますよ! これじゃあ、戦争しにいくみたいじゃないですか。それに、何です? このマークは? ハーケンクロイツなんか描いてどうするんですか!」
「私、これが好きなんです!」
「そういうレベルの問題ですか! それにこんな兵器をどこで手に入れたんです?」 「私は在郷軍人会の常務理事もしているので、いろいろその辺は」
 後藤氏はニタニタと笑った。
「あああああ、頭が痛い! 田村さんも、いいんですか? こんな危険な物を放っておいて」
「いいんじゃない? 私はなにも見てないんですから。こんな兵器の事はこれからも知りませんし、記憶にありません」
「うわわ」
「しかしですね、この事を知ったからには佐伯さん、貴方も同罪ですよん」
 寺戸が割り込んだ。
「へっ?」
「決まってるじゃないですか。貴方も、ド・ウ・ザ・イ!」
 後藤氏はまりちゃんと一緒に、チッチッチッと指を振ると、ニッコリした。
「あの、『オデッサ』ってどういう意味ですか?」
「後藤さんはナチ・ドイツの研究家でもあるんだよ。だから『オデッサ』、あのオデッサファイルのオデッサ」
 田村刑事が笑いながら言う。
「何なら名刺もありますよ!」
 後藤氏が頷く。
「いや、もういいです」
 この人には一体、幾つ裏があるんだ?

 田村刑事と平田刑事が府警本部に出かけた後、僕達はこの超兵器(笑)オデッサ号の調整を行った。寺西教授が作成したマニュアルを見ながら、ぎこちない手つきで整備を進める。
 ランチャー等の兵器関係は寺西教授、内部に搭載されている大型コンピューターは僕と小林がチェックした。
「しっかし、この大型の玉砕バスター! いざ発射したら地獄の世界だよ。こりゃ」
「ロケット弾なんかどこで使うつもりかなあ」
 小林が腕組みをして呟く。
 しかし僕は、後藤氏がこのロケットランチャーを鬼芭王に向けて撃つつもりだろうとは推測していた。
 善界の弓がどこまで鬼芭王に通用するのか? 皆目検討がつかない。しかし僕はもう闘うしかないのだ。オデッサ号の調整が大体済んだ後、僕は体を鍛え始めた。善界の弓を使った後は凄じく体力が消耗する。日頃ろくに鍛えていない今の僕の肉体ではとても持ちそうもなかった。そっと左腕に触れるとまだ昨日の痺れが残っていた。
 数時間して田村刑事と平田刑事が戻って来てから、オデッサ号の試運転が開始された。皆ドイツ連邦軍から横流ししてもらったという戦闘服に身をつつみ乗車、待機している。
 オデッサ号の運転手は田村刑事(自称・機関長)である。
「田村さん! エンジン・スタート!」
 寺西教授も張りきっていた。殆どの改造は寺西教授が行っており、資金面は後藤氏が担当しているらしい。
「了解」
 田村刑事がモンスター・マシンのメインスイッチを捻る。
 ゴゴゴゴ! という音が響いた後、エンジンが唸りを上げた。思ったよりは静かな音だ。重低音が地下室に響く。
「割と静かですね」
「メインのエンジンは六〇〇〇CCのツインターボです。後は補助で三〇〇〇CCのディーゼルエンジンです」
「エンジンが二つも?」
「予備の方は極限まで小さくしています。そうそう、装備の事ですが」
 僕達はバスターの燃料の補充の仕方、ランチャー用の小型ミサイルの格納場所、内蔵コンピューターの操作の仕方を習った。コンピューターの操作といっても、僕達がするのは、端末のパソコンから指定されたキーを入力するだけである。オペレーターは寺戸がする事になった。
「これで何が分るんですか?」
「疾鬼がどこに現れるか予測する事です」
「予測?」
「京大の研究室の大型コンピューターには京都中の地図が入っており、過去に疾鬼と赤雲が現れた場所をすべて記憶させています。そこから今度は奴らがどこに現れるか予測するのです。また本当に奴らが現れた時も機械が反応します」
「どうして、反応するのですか?」
「実はですね、京都中の代表的な建物に広範囲・高感度のセンサーを取りつけているのです。そこに疾鬼が現れたら反応します。疾鬼や赤雲は普通の動物にはない特殊な電波を発しているようです。その電波だけをキャッチするんですね!」
「疾鬼が電波なんて出すの?」
「この世にあるものは皆な電波を持っています。私でも貴方でも」
 寺西教授は身振り手振りで、分りやすく説明をする。
「なるほど、大したものだ」
「しかし、奴等が現れた後は、佐伯さん達の出番ですよ」
「了解してます」
 左右の玉砕バスターは平田刑事と小林の担当。僕は燃料の補充係となった。寺西教授はメカニック兼作戦参謀、後藤氏は全体の指揮を取るようだ。
「寺戸君、コンピューターも立ち上げて下さい」
「了解」
 寺戸がスイッチを押すとコンピューターが一斉にブ〜ン! と唸りだす。
「ではこれより、試運転といきましょう! 各自持ち場について下さい」
 僕等はそれぞれの担当の座席に座った。
「メインエンジン異常なし!」
「コンピューター異常なし!」
「オデッサ号発進せよ!」
 後藤氏が命じる。
「オデッサ号、発進します!」
 田村刑事が手元のスイッチを捻ると、地下室全体がエレベーターのように上にせり上がり始めた。
「うわお! 秘密基地みたい!」
 小林が喜んでいる。
 やがて正面のコンクリートの壁が左右に開き、オデッサ号は外へと飛び出した。  こんな京情緒豊かな町並みから、モンスター・マシンが出てくるとは誰も予想できまい。
「田村君、取り敢えずその辺を流してくれ」
「了解」
 その時、突然、寺戸の目の前にあるモニターが点滅を始めた。
「まあ大変、鬼が出たわ」
 いささかのんびりした口調で彼女は言う。僕は座席から滑り落ちた。
「場所は!?」
「ええと」
 指先でモニターをなぞりながら、寺戸は言った。
「仁和寺の方向です」
 後藤氏は振り返って言う。
「佐伯さん、バスターの燃料はありますか?」
「大丈夫です」
「これより仁和寺に急行せよ!」
 オデッサ号は一気に向きを変えると、今出川通りをまっすぐ西に進み始めた。
「だいぶ距離があるから、急ぎましょう!」
「了解!」
 田村刑事は一気にアクセルを踏み込んだ。グオオオ! と地鳴りのような音を立ててオデッサ号は突き進む。周囲の車が慌てて飛び退いていく。
「田村さん、とんでもない試運転になりましたね」
「丁度いいウォーミング・アップかも知れないよ」
「疾鬼がいるのでしょうか?」
「分りません。人鬼かも知れないし、ひょとしたら赤雲かも」
 僕はそっと左腕を押さえた。善界の弓の出番かも知れない。
『光司、第二ラウンド開始よ!』
 まりちゃんが言う。
「OK」
 僕は晴れやかな顔で答えた。

 仁和寺の駐車場にオデッサ号を止め、寺の中にある仁王門から中の境内に入っていく。手には携帯タイプのバスターを持ち、御室御所や霊宝館を調べて回る。周囲の観光客が怪訝な顔をして見ていた。
オデッサ号 「あのぅ…何の用でっか?」
 寺の管理人らしき人間がそう言いながらやってきたが、田村刑事が警察手帳を見せると一応納得したようだ。しかし管理人は軍服にベレーというPKFのような僕達の恰好を見ると、まだ納得しきれないようだった。
「あの、なんでそんな恰好したはるんでっか?」
「害虫駆除なんですよ。お寺のね」
「害虫なんて、いてまへんで?」
「ところで、おじさん。この寺には舎利はありますか?」
「舎利? ああ、あの五重の搭におまっけど、それがどないしました?」
 管理人がそう言った時、ドオオオオンンンン! という爆発音が五重の搭から響いた。空から瓦や木の破片がバラバラと降ってくる。全員、バスターのスイッチをONにした。
「わあ! 何が起きたんや! 警察や! 消防車や!」
「警察ならここにいるよ」
 ゆっくりと五重の搭まで進んだ。中門の辺りまで来るとその足を止める。
「後藤さん、一気に踏み込みますか?」
「いや、佐伯さんと田村君、平田君は搭の後ろに回って下さい。私と寺西教授と小林君と寺戸さんとは正面から行きます。まりちゃんと胡蝶は上空で警戒待機!」
「了解!」
 全員がそのままバスターを構えて搭に近寄っていった。目の前にそびえる五重の搭は爆発音がした後は静まりかえっている。ふと上を見上げるとまりちゃんと胡蝶が手を振っていた。
 まりちゃんも胡蝶のように戦うのだろうか。
 そう思った時、不意に搭の入口の扉がギイ! と音を立てて開いた。全員が地面に伏せて身構える。
「うそ」
「えっ?」
「何で?」
 搭から出てきたのは一人の観光客のようだった。キョロキョロしながら周囲を見渡している。その男は僕達のそばまでやってきた。
「やあ、こんにちわ。あれ? 消毒でもやるのですか?」
 男は奇妙な顔をして僕等をまじまじと見た。全員、顔を見合せる。
「あの、今爆発があったでしょう?」
 寺戸が尋ねる。
「爆発? ああ! 何か凄い音がしましたけど僕は何ともないですよ!」
 男は両手を広げるとそのままクルッと振り返った。時計を見て言う。
「おっと、もう夕方だ。旅館に帰らないと」
 男はそのまま歩いていこうとした。しかし後藤氏はその男の足についている、血の流れを見逃さなかった。
「足が痛そうですね」
「ああこれ? ちょっと引っ掛けてしまいましてね! お互い気をつけましょう!」
 男は急ぎ足で歩いていく。男と僕達の距離が十メートルくらい、離れた時だろうか? 突然、男の足下から砂煙が上がる。ザアアアアア! と、何かが擦れ合うような音と共に、男が振り返った。
『馬鹿め! 死ねえーっ!』
 グワアアアアアア! という音と共に男の口が何倍にも膨張し、一気に巨大なエネルギーが炸裂した! 真っ赤な光が砂利の上を走る!
「そうら! おいでなすったぞ! 皆な散開!」
 後藤氏が叫ぶ! 皆が散った後に砂利の地面が一瞬にして吹き飛ぶ! 全員、一斉に振り返ると、バスターの目盛を最大出力にした!
「フォイヤーッ!」
 後藤氏がドイツ語で叫んだ。
 ボオオオオオオオオオ! と真っ赤な炎が砂利の上を走っていき、それが男の発したエネルギーとぶつかり合う! 二つのエネルギーは暫く激しくぶつかり合っていたが、やがて男のエネルギーが瞬時にして消えてしまった。
「ど、どこに逃げた!?」
「上だーっ!」
 小林が叫ぶ!
空中に舞いながら、男の体はボロボロに崩れていき、やがて疾鬼の肉体が姿を現した。
『愚かな人間共よ! 思い知れ!』
 カッ! と口を開いた疾鬼の口から衝撃波が飛んでくる!激しい爆発音と共に地面に巨大な凹みが形成された。僕は左手を上空にかざして叫んだ!
「善界の弓よーっ! その姿を現せーっ!」
 キイイインンン! と音がして左腕が青い光の渦に包まれる。やがて二つの物体が、手の先で一つの棒になる。続いて棒の上下が瞬時に伸びきった!
『ゲエッ! あれはまさか!』
 疾鬼は空中で驚愕した! 続いて弓の思念が、僕の頭の中に飛び込んでくる。
[ほう、今度は疾鬼が出たか! 奴を射るのも久しぶりだわい! い出よ! 鬼雷矢ー!]
 弓が叫ぶと同時に、目の前で稲妻状の光の矢が現れた!
「疾鬼! これはこの間のお返しだーっ!」
『な、何であの鬼雷矢を小僧が!?』
 ドギュウウウンンン! と一瞬の閃光と共に、鬼雷矢が疾鬼の左腕を貫いていく! 次の瞬間、疾鬼は叫び声を上げた!
『うおおおおおお! ワシの左腕がっ!』
 疾鬼の左腕は空中に弾け飛んでいた。
『小僧! よくも! よくも! ワシの左腕をーっ!』
 疾鬼は恐ろしい形相で僕を睨んでいた。
『なぶり殺しにしてくれるわあー!』
 疾鬼が怒り狂って飛び降りようとした瞬間! 胡蝶が疾鬼の真横に現れた。
『疾鬼! 今度は・逃がさない!』
『ゲエッ! 蘭火!?』
 ドスゥ! という音と共に胡蝶の手から衝撃波が発射された。疾鬼は顔面にそれを喰らって搭の方に吹き飛ぶ!
 ガシャアアンン! と音が響き、五重の搭の一番上段の屋根に疾鬼は叩きつけられた! 屋根瓦がバラバラに吹き飛ぶ!
『まさか、このワシがここまで追い詰められようとは』
 疾鬼は呆然として胡蝶を見つめた。
 胡蝶は疾鬼に向って両手をかざすと叫んだ。
『答えなさい・疾鬼! 舎利は・どこへ・やったの?』
『うう、それは』
『言わないと・一撃で・吹き飛ばすわよ!』
『くくくく』
 急に疾鬼は笑い出した。
『愚かな人形よ!』
『ナニ?!』
『ワシを殺してどうなる? 舎利の場所が永遠に分らなくなるぞ! ワシがここで死んでも、また誰かが舎利を集めるだろうしな! ケケケケ!』
『!』
「胡蝶! 構わんから止めを刺せ!」
 僕は叫ぶ。胡蝶は一瞬、迷った。善界の法力が込められた舎利、疾鬼に場所を吐かせて舎利を全部、破壊すれば鬼芭王復活を阻止できる。だが、胡蝶は背後に迫る赤い影に気がついていなかった。
『胡蝶! 危ない!』
 まりちゃんが叫ぶ!
『!』
 ドオオオオオ! と地鳴のような音を立てて、突然、赤雲が襲いかかってきた。物凄いスピードで津波のように押し寄せてくる。ズズズズ、と不気味な音を立てて真っ赤な液体が胡蝶を包み始めた。疾鬼は赤雲を従えていたのだ。さしもの胡蝶も身動きが取れなくなっていた。慌ててまりちゃんが急降下してくる!
「胡蝶!」
 僕は叫びながら五重の搭の中に走り込み、そのまま階段をかけ上がった。小林と田村刑事が後に続いた。最上階から疾鬼を射つつもりだった。しかし搭の中にはたくさんの人鬼が待ち構えていた。人鬼達はケケケケケ! と笑いながら一斉に襲いかかってきた。
「この野郎!」
 田村刑事と小林がバスターを噴射させた! ボオオオオオオ! という音と共に人鬼がその場に崩れ落ちる。だが人鬼達は後から後から現れて襲ってくる。
「田村さん! 大丈夫ですか!」
「僕達はここで何とかふんばる! 君は疾鬼を射て!」
「了解! 田村さん! 生きてたら、また鍋つつきましょ!」
「生きてたらね!」
 しかし、田村刑事と小林のバスターもそろそろ燃料が切れ始めていた。始めから全開で使い過ぎたのだ。田村刑事は舌打ちすると、懐から拳銃を取り出した。小林は遊びで作った棒刀を取り出す。
「ははは、357マグナムと棒刀でどこまで闘えるかな?」
「やるしかないですよ!」
「そうだな、そら! またきた!」
 田村刑事が人鬼の頭部を撃ち、小林が胸部を突き刺す。延々とそれが繰り返された。
 一方、外ではまりちゃんが胡蝶を助けようとしていた。
『胡蝶! しっかりして!』
 だが、胡蝶は完全に赤雲の深みにはまってしまっていた。 まりちゃんが疾鬼にいう。
『胡蝶を出しなさい!』
『ケケケケ! 蘭火はやがて赤雲に消化されるのだ! いい眺めじゃわい!』
『いい加減にしないとまり子、怒るわよ! 悪い子は許さないわ!』
『ケケケケ! これはお笑いだ! 赤雲! この人形も飲み込んでしまえ!』
 ドドドドドド! と唸りを上げて、赤雲の真っ赤な液体がまりちゃんを覆い始める。続いて流れの中から、変形して現れた怪物の口達が、一斉にまりちゃんに喰らいついた。
『骨まで溶かしてやろう〜』
『手も足も引きちぎってやろう〜』
 赤雲が歓喜の声を上げた。
『クスクスクスクス』
 だが、まりちゃんは笑っていた。ニコニコして、さも可笑しそうに笑っている。疾鬼が驚愕した。
『馬鹿な! こいつには何の妖気もないのに! なぜ死なないのだ!』
『クスクス、馬鹿な鬼達』
『何?!』
『本当に馬鹿な鬼達。まり子を、怒らせるなんて! 本気にさせるなんて!』
 突然、赤雲の体内でまりちゃんが両手を水平に上げた! 両方の瞳がカッ! と真っ白に輝く!
『な、何? 何だ! このパワーは!』
 ズバアアアアアア! とまりちゃんの周囲が真っ白な光で覆われ、続いて赤雲の流れが四方八方に炸裂した!
 その音がドオオオンン! と空気を揺さぶる波動に変わる!
『ギャアアアアアアア!』
 赤雲は悲鳴を上げてちぎれ飛んでいく! 空を覆う巨大な赤雲の流れがたちまち蒸発した。まりちゃんは落下してくる胡蝶を空中で受け止めた。
『大丈夫? 胡蝶』
『まりちゃん、また・助けて・もらったね』
『ひい! 馬鹿な! ああ、あの無敵の赤雲が〜!』
『本当に無敵なのは、まり子の方よ! 次は疾鬼! お前の番よ!』
 まりちゃんは胡蝶を地上に下ろすと、再び飛び上がった。
『ぬうう! させるか!』
 疾鬼はそう叫ぶと五重の搭の中に入っていった。まりちゃんが急いで後を追う。しかし疾鬼はニタリと笑うと、五重の搭の支柱に両手を当てた。
『ケケケ! ワシを殺してもいいが、その代りこの支柱を破壊するぞ!』
『何のつもり?!』
『お前の仲間がこの中にいる事は分っている! この柱を破壊したら搭はどうなるかな?』
『そう、だけどお前が柱を破壊するのと、まり子のスピード、どっちが早いかしら?』
『悪あがきはよせ!』
『じゃあ、試して見る? 疾鬼のオジサン!』
 まりちゃんはそう言うと、身構えた! しかし搭の中にいた人鬼が一斉にまりちゃんに襲いかかる!
『このお!』
 まりちゃんが瞳をカッ! と真っ白にすると周囲の人鬼が吹き飛んだ! だがその瞬間、疾鬼は搭の支柱を衝撃波で破壊した!
 ゴオオオオオオオオオオ! という地鳴と共に五重の搭はゆっくりと崩れていった。
『いけない!』
 慌ててまりちゃんは搭の一番下に急いだ。
「どうなってんだ? 搭が崩れてきたぞ!」
「駄目だ! 潰される!」
 僕達はそのまま地面に向って落下していった。搭はもうもうと土煙を上げながら潰れてゆく。僕は自分の体の上に大きな梁が叩きつけられるのを覚悟した。しかし、いつまで待っても体には何も乗ってこない。
「あれ? 体が潰されてないぞ?」
『光司…』
「えっ?」
『光司! こっちよ!』
「ああっ! まりちゃん!」
 慌てて見上げると、まりちゃんが潰れかかった搭を空中で受け止めていた。
『早く、鬼雷矢で脱出して! まり子、長くは持たないわ』
「分った!」
 左腕を伸ばした!
「頼むぜ! 善界の弓よ!」
[い出よ 鬼雷矢〜!]
 善界の弓が叫んだ! 光の矢が現れる。
「うおおおおおおお!」
 目一杯に弓を引いて、一気に放った!
 ズガアアアアアアアンンンンンンン! と激しい音と共に、崩れかった五重の搭が吹き飛ぶ! 木材や白壁が空中に舞った。
「ふぅ、何とか助かったあ!」
 そのまま気絶している田村刑事と小林を引きずりだした。
しかし、僕達が寺の中で闘っていた時、仁和寺の外では大騒ぎになっていた。いきなり赤い雲が現れたり、怪光線が出て空中爆発が起こったり、国宝の五重の搭が崩れたりしたからだ。
「あれ? 何だ? この騒ぎは。後藤さん達は?」
 見ると後藤氏らが大勢の警官や報道陣にもみくちゃにされていた。
「後藤さん!」
「いやあ、すみません! どうしてもこの連中をくい留める事ができなかった! 疾鬼よりも手ごわい連中です!」
 後藤氏達は息もたえだえに叫んでいる。僕達が搭から出てきたのを見て、多くの人達が走り寄ってきた。
「いっ、一体、何があったんちゅうんや? あんたら誰や?」
 警官や報道陣が詰め寄ってくる。
「さあ、よく分りません」
「よく分らへんって、あんた! この搭の中にいたんと違うんか!」
 興奮しきった記者が叫ぶ!
「早く行きましょう!」
 気がつくと、いつの間にか田村刑事が横に立っていた。
「ああ、田村さん! もう気がついたんですか?」
「おかげ様でね。こういった事には慣れてます」
 小林も意識が戻ったようだ。
「ほらほら、どいたどいた!」
 田村刑事はいつもの冷静さを取り戻し、テキパキと現場にいた連中を追い出した。
 瓦礫の山を見つめながら後藤氏が言う。
「とうとう、疾鬼と一戦交えた訳ですね。ああ、まりちゃんが汚れてしまった」
 後藤氏は哀しそうな顔をして、まりちゃんの汚れを拭いている。
「疾鬼はどうしたんでしょう?」
「多分、あの隙に逃げたでしょうね。あの程度で奴が死ぬ訳がない」
「まりちゃんと、来て良かったですね」
「いやいや、貴方もよくやりましたよ。上出来の闘いぶりでした」
 僕は照れくさくなった。しかし、こんな調子であの疾鬼達に勝てるんだろうか? まだ不安だった。左腕がまた痛みはじめる。振り返って搭のあった場所を見ると、警官達が叫びながら瓦礫の山を除けている。中からは白骨や焼け焦げた衣服も大量に出てきた。
「人鬼達に殺されたこの寺の人達も、かわいそうでしたね」
「しかし、疾鬼がいきなり変装して現れるとはねぇ。なかなかの役者ぶりでしたね」
「悪賢いやつですね。あいつはハリウッドにでも行った方が良いかも知れません」
 後藤氏がニヤリとして言った。
「田村さん、この現場はどうします?」
「これ以上、何も出てこないでしょうね、行きましょう!」
 僕等は傷ついた体を引きずりながらオデッサ号に乗り込み、仁和寺を後にした。だが少なくともこれで寺西教授の開発した妖気電波探知機の機能が正しかった事が証明されたのだ。
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