▲目次へ戻る
7.決 戦
 寺戸は真っ暗な夜道を歩いていた。あてもなくただ歩いている。なぜ、自分がこんな所にいるのか? 理由は分らない。ただ心の中で誰かが『先に行け!』と促す声が聞こえるのだった。暫く歩いていくと目の前には巨大な池があった。池を覗きこんで見る。
「!」
 そこには自分の顔ではなく、邪悪な鬼の顔が映っていた。寺戸は悲鳴を上げて飛びのいた。今のは自分の姿なのだろうか? それとも鬼がやってきたのか? 再び、おそるおそるその池を覗き込んで見ると、池の中には何もおらず、ただ不気味な白い煙が立ち上っていた。ほっとする。やがて向こうの闇の中から幾つかの真っ赤な光が見えてきた。それらの光は互いにもつれ合いながら池の方に近づいてくる。じっと見守っていると、それらの光は一斉に池の中に入っていった。
「何だろう? どこかで見た事があるわ」
 そう思った時、突然、目の前の池が真っ赤な色に染り始めた。池の底から沸き上がってくるような赤い色。
「血の色…」
 彼女はそう思った。どんどん池全体が血の色に染っていく。やがて池だけでなく、彼女自身も、池の回りに生えている草も、石も、真っ赤な血の色に染っていく。そして池の中からは無数の泡が。
「誰?」
 彼女は叫んだ。突然、池の水は一斉に波打ち、中からは巨大な鬼が現れた。全身真っ赤な血に染まった巨大な鬼が彼女に向って手を延ばしてきた!
「!」
 寺戸はガバッと跳ね起き、それが夢だと分ってホッとした。それからため息をついて恐る恐る辺りを見渡した。どうしてあんな夢を見たのか? それにこの部屋はどこ? しかし寺戸は暫くすると、今日は後藤屋に泊っている事を思いだした。
「あ、そっか。寺西教授達とオデッサ号を泊り込みで直してるんだった」
 ふと襖の方を見ると、向こう側から灯りが洩れている。それと一緒に誰かのヒソヒソ声も聞こえてきた。じっと聞いているとそれが後藤氏の声だと分る。寺戸はゆっくりと起き上がって、パジャマの上からセーターを羽織ると、その声にきき耳を立てた。耳に全神経を集中していると、相手の声が微かに聞こえてきた。
「そうですか。それは大変だ」
「そういう事です。あのままでは佐伯さんは鬼芭王には勝てないでしょう」
「どうしたものかねえ」
「私からは何とも。あの人は人間ですからね」
「鬼にならねば勝てぬと?」
「もともとあれは魔物の使う武器です。善界は秘教の力であの弓を使っていた。しかし佐伯さんは自分の精神力だけであの弓を使っています」
「今のままでは、充分に弓の力を引き出せないという訳ですね?」
「所詮、鬼を倒せるのは鬼しかいないという事です。本当は私も闘いたいのですが」
「いえ、それを強制する訳にはいきません、御心配なく。私たちだけで何とかしますよ」
「ご成功を祈っています」
 後藤氏は電話を切ると、寺戸の方を振り向いて言った。
「お聞きのとおりです」
 襖の向こうでビクッとすると、寺戸は静かに襖を開けてエヘヘヘ、と笑った。
「後藤さん。今のは誰ですか?」
「延暦寺にいた草凛さんですよ。善界の弓の事を聞いていたのです」
「佐伯さんの事ですね?」
「ええ、そろそろ鬼芭王が出てくるかも知れない」
「あのう、その事なんですが」
「何か予知でもしましたか?」
 寺戸は今見た夢の事を後藤氏に話した。後藤氏は目を丸くしてそれを頷きながら聞いていたが、彼女の話を聞き終わると天井を見つめながら言った。
「なるほど、それは大変興味深い話だ。その池の場所は特定できませんか?」
「それが、分らないんです」
「まあ、何かの糸口にはなると思いますよ。ひょっとしたらそれは予知夢かも知れませんしね」
「自信はありませんけど」
「早速、京都中の池の調査でも寺西君に頼むかな。なるほど、池か」
 後藤氏はそのまま呟きながら廊下を歩いていった。寺戸は再び蒲団の中にもぐったが、鬼芭王の事が頭に浮かんでなかなか眠れなかった。

 翌朝、寺戸の予知夢は的中していた。超常現象調査会のメンバーと朝食を食べながらTVを見ていると、昨日の清水の大怪獣のニュースの最後に嵯峨野の大覚寺の池の水が異様に赤くなっていると報道されていた。
 思わず寺戸は手に持っていた箸を落とした。
「まさか!」
「そういえば」
 平田刑事が口を開いた。
「何日か前だったかな? 嵯峨野の方に向って不思議な物体が飛んでいるのを、大勢の人が見ているらしいんだ。UFO騒ぎになっていたけど、何か鬼芭王と関係あるのかな?」
「その可能性は大きいでしょうね」
「何が飛んでいたのかな?
」  僕は懸命に納豆をこね回しながら言った。
「舎利って事は、考えられませんか?」
 寺西教授が言うと皆なシンとなった。疾鬼の舎利が鬼芭王の元に飛んでいったのか?
 後藤氏がそれにつけ足した。
「これは谷山君が言っていた事ですがね。同じ妖気を持った舎利同志は互いに引き合うらしいですよ」
「って事は大覚寺にも舎利が?」
「ひょっとすると、ひょっとするかも知れませんね」
「実際、普段あそこの池が赤くなる可能性はあるんですか?」
「まあ、理由は色々と考えられますが。土中の鉄分が大量に溶けだすとか」
「ふむ」
 後藤氏は暫く思案していたが、やがてまりちゃんを抱き上げると言った。
「オデッサ号はどこまで直りましたか?」
「一応、走る事はできます。ただ玉砕バスターが、一つしか使えません」
「バスターが一基か。でも何もないよりはいいですね。ハッハッハッ!」
 後藤氏がこうやって笑う時は大抵、何とかなる。皆そう思っていた。
「幸い今日は土曜日ですね。田村君達は仕事は?」
「例の事件の捜査にかこつけますよ。公務、公務」
「では、嵯峨野に行きますか」
 一同は食卓を片づけるとオデッサ号に乗り込んだ。僕だけは例のバイクに跨がっていた。バイクを先頭に僕等は後藤屋を出発する。もしかしたら、これが超常現象調査会の京都での最後の戦いになるかもしれない。
 僕等は丸太町通を西にまっすぐに向う事にした。途中で二条城を通り過ぎた時、僕は善界の弓を始めて使った時の事を思い出した。あの女の子、どうしてるかな? ちゃんとお見舞に行けたかな? ガラにもない事を思ったと思い、ヘルメットの中で苦笑した。千本通りの辺りまできた時、小林に呼び止められた。
「佐伯さーん! せっかくだから嵐山の渡月橋を通りましょうよ!」
「何だかピクニック気分だな」
 呆れながらもそれに従った。今までこの調子できたんだから、これでいいだろう。僕は西大路通りを左折し、今度は嵐山に向って右折した。一度、桂川を渡ってから渡月橋を目指す。川沿いに走りながら僕は自分の左腕が少しずつ、痛みだしているのを感じていた。丁度その頃、二条城で僕が助けた女の子は渡月橋の上にいたのである。

「けったいやなあ」
「どうしたの? お爺ちゃん!」
「いや、何でか知らんけど、今日は魚が全然釣れんかったわい」
「こんな所でお魚が釣れるの? 聞いた事ないよ」
「この川にはな、昔から化物が出るっちゅう噂や」
「お爺ちゃん、気味が悪い!」
「ハッハッ! そんなもん迷信や」
 嵐山の渡月橋から釣竿を垂れて、老人と孫娘の二人が楽しそうに喋っていた。春の嵐山は緑で覆われている。辺りには野鳥が飛び交う長閑な昼下がりだった。
 ババババババ! と音がしたかと思うと、川辺にいた水鳥が一斉に飛び立っていった。
だが老人と娘は周囲の異変には気づいていなかった。
「?」
「どうしたんや? 静枝」
「変なの。今、橋が揺れたような気がしたんだけど」
「気のせいや、そんなもん。この橋は殆どがアスファルトなんやからな」
「何か変よ。ここ、いつもの橋じゃないみたい」
「アホな事を言うたらあかんわ」
 写真などで見る渡月橋は確かに綺麗だが、実際その殆どは木ではなく、アスファルトになっている。つまりコンクリートの橋の両側に木材がついているような感じだ。
 ミシミシミシミシミシミシ! と突然、渡月橋の柱の軋むような音が聞こえてきた。それに続いてゴオオオオ! という地鳴が遠くから近づいてきた。
「なな、何や? 地震か?」
「お爺ちゃん! あ、あれ!」
 少女が指差す方向を見て老人は呆然とした。渡月橋の一番端の方からこっちに向って橋が波打ってくるのだ。路面のアスファルトが粉々に砕けてゆく。
「は、橋が動いた? そんなアホな! 目が悪うなってしもたか?」
「違うよ! お爺ちゃん! 早く逃げよ!」
 老人と娘は必死で走ったが、すぐに不気味な橋のうねりに追いつかれてしまった。二人は足下の自由がきかなくなっていた。
「うわああ!」
 老人が悲鳴を上げた。橋の木材が次々と変形しながら体中に絡みついてくる。少女もそのまま橋の中に巻き込まれた。
 それは信じられない光景だった。巨大な渡月橋がゆっくりと変形をしながら老人と娘を飲み込んでいく。何処からか不気味な声が聞こえてきた。
『ヒヒヒヒ! うまそうな人間め! 時間をかけてゆっくりと喰らってやろう!』
「いやぁぁぁ! 誰か助けてっ!」
『幾ら叫んでも無駄な事よ。お前達は養分となってワシの一部になるのだ! ゆっくりと足の方から溶かしてやろう。ヘヘヘヘ!』
 巨大な橋の妖怪は姿を元に戻し始めた。メキメキメキ! と体を歪めながら変形を終えると、ただのアスファルト道路に戻っていた。そして、今飲み込んだ獲物の消化をゆっくりと楽しもうとしていた。周囲にいた水鳥達も何事もなかったかのようなに戻ってきていた。だが、橋のそばに来ていた僕は、さらに左腕の痛みがひどくなっているのを感じていた。
「どうしたんだ? 鬼芭王が復活したのだろうか?」
 バイクのアクセルを全開にすると先を急いだ。何が待っているのか? 弓もおびただしい妖気を感じているようだ。やがて橋のたもとに到着した僕は、バイクを道の脇の土産屋の横に止め、橋の上をゆっくりと歩く事にした。周囲にはたくさんの千鳥の声が聞こえ、おだやかな風が吹いている。だが、何かがおかしい。超常現象調査会のメンバーが僕の後に続いた。
「ここのアスファルト、やけにあちこちがひび割れていますね」
「そうだね」
 その時、地面を見ながら歩いていた僕は突然、立ち止まった。
「助けて!」
「死ぬ!」
 どこからか人の苦しむ声が聞こえた。振り向いたが、すぐに声は聞こえなくなった。しかしますます左腕の痛みは増すばかりだ。突然、僕は小林に叫んだ!
「小林さん! 棒刀だ!」
 小林が目を丸くする。
「佐伯さん。どうしたんですか? 棒刀がいるの?」
「いいからそれを橋の上に突き刺せ!」
「こ、ここに?」
「早く!」
「だって、この上はアスファルトだよ」
「木でできた部分があるだろう! そこを刺すんだ!」
「じゃあ、団子おごってくれる?」
「団子でも、八橋でも何でもおごってやる! 早く!」
 小林は棒刀を振りかざすと、それを思いっきり橋に突き刺した!
  『ギャアアアアアアア!』
 突然の激しい呻き声と共に、渡月橋は大きく波打ち始めた。バキバキバキバキ! とアスファルトの道路がひび割れ、橋は一気に九十度くらいに折れ曲がって仁王立ちになった。
「やっぱり化け物が取りついていやがったのか! 善界の弓よ! 出て来い!」
 キイイイインンンンンン! と金属音が響き、善界の弓が左腕に一気に形成されていく。
『おのれえ〜! きさまただの人間ではないなあ〜!』
 橋の怪物は呪いの声を上げる。その巨大な体の上方には邪悪な顔が浮き上がっていた。
[い出よ! 鬼雷矢ー!]
 弓の声と同時に、ギュウウウンンン! という音が響き、鬼雷矢が僕の目の前に現れる!
『ケケケ! 倒せるものなら倒してみよ! この橋鬼をなあ〜!』 
「やかましい!」
 そう叫ぶと一気に鬼雷矢を放つ! ドギュウウウ! と閃光が走り、橋鬼のど真ん中を貫いた! 
『グエエエ! ワシの体があ〜!』
 橋鬼が身をよじると、大勢の人間が巨大な穴から落ちてきた。僕等は慌ててそれを受け止めた。
「えーん、お兄ちゃん!」
 その中にはあの女の子と老人の無事な姿もあった。
「こいつ! 人間を喰らっていたのか?」
『ケケケケ! 愚かな人間共よ! いい気になるなよ!』
 橋鬼がそう叫ぶのと同時に、鬼雷矢でブチ抜かれた穴が徐々に閉じ始めた。そして無数の触手が伸びてくる。
「何てこった! 穴が元に戻った?」
 橋鬼の触手が襲ってきた。僕はそれにがんじがらめにされ、そのまま宙に持ち上げられた。
「ぐっ! 息が!」
『さあて、どこから喰らってやろうか!』
 橋鬼は凶悪な顔を歪めてニタリと笑うと、その巨大な口をカッ! と開いた!
 だが次の瞬間、閃光が走った。橋鬼の触手はバラバラに切断されていた。小さな扇子が回転しながら胡蝶の元に返ってゆくのが見えた。
「おのれえ! 今度は踏み潰してやる!」
 橋鬼は体を波打たせると僕を吹き飛ばそうとした。しかし僕は素速く体勢を立て直すと、再び善界の弓を構える。
『光司! いくら・討っても・だめよ!』
 胡蝶が上空で叫んでいる。
「じゃあ、どうすればいいんだよ!」
『燃やすのよ! 橋鬼の・弱点は・火よ!』
「そうか! 玉砕バスターで撃てば!」
 そう思った刹那、田村刑事達がオデッサ号のバスターの放射口を橋鬼に向けていた。
「撃てー!」 
 後藤氏のかけ声と共に玉砕バスターが火を吹く。だが、あまりに巨大な橋鬼にはオデッサ号のバスターの炎は小さすぎた。
「駄目だ! 火が小さすぎる!」
「全員、一時撤退!」
 後藤氏が叫ぶ。
 止むを得ず僕等が橋から離れると、仁王立ちになっていた橋鬼も元の状態に戻っていった。
「どうなってんだ? あの橋、また元に戻りやがった」
[橋鬼とは読んで字のごとく、体の半分は橋でできておる]
 善界の弓が僕に言った。
「半分が橋? じゃあ、残りの半分が鬼か?」
[そうだ! 古くなった建物や橋などには物のけが取り憑きやすいのだ]
「わざわざ人が通るのを待っている訳か」
[ふん、妖怪の種類なんぞ人間の数ほどおるぞ!]
 僕達はオデッサ号の中に戻った。
「くそっ! 簡単な事なのに! 火がつけばいいんだ!」
 田村刑事がディスプレイを睨みつけて言う。後藤氏は座席から立ち上がると田村刑事に言った。
「田村君、バスターの燃料は後、どれくらいありますか?」
「燃料なら満タンです」
「ランチャーのロケット弾がまだありましたよね?」
「まだ三十発くらい、残っています」
「OK! それなら奴を破壊できます」
  「ど、どうやって?」
 平田刑事も慌てて聞いた。
「いくらバスターや鬼雷矢で撃っても、奴には効かないでしょう。ならば! 二度と再生できないくらい、フッ飛ばしてやればいいんです」
「えー? どうやるんですか?」
 後藤氏はポンポンと、ランチャーの小型ミサイルを叩いた。
「このランチャーのミサイルとバスターの燃料。一度に爆発させたらどうでしょうね? さしもの橋鬼も再生不能ではないでしょうか?
」 「一度に?」
「そうです。オデッサ号をオトリ爆弾にします」
「オトリ爆弾? 自爆装置でもあるのですか?」
「残念ながらそれはありません。でも方法はあります」
「どうやって?」
「あの橋鬼にオデッサ号を喰わせます」
「喰わせる?」
「オデッサ号であの橋を渡るのです。おそらく奴は絡みついてくるでしょう」
「なるほど! そこを一気に叩くのか!」
「佐伯さんの鬼雷矢を起爆装置にするのです。ただし佐伯さんには予め向こう岸に渡っていてもらわないといけません」
「どうしてですか?」
「あの橋鬼を見ていると、必ず反対側の岸から分離してこっちに向って来てるんですよね。だから弓は向こうから射たないと爆発に巻き込まれる危険があります」
「そうか、でもどうやって渡るんですか?」
 小林が首を捻ってうなる。
「それなら大丈夫です」
『どうするの?』
 僕が立ち上がって言うと、胡蝶が僕を見上げて聞いた。
「このバイクであの橋を渡ります。奴が立ち上がるスピードよりもこのバイクの方が早いと思う」
「危険過ぎるよ!」
 小林が叫ぶ。
「他に方法はない」
「でも、オデッサ号は誰が操縦します?」
『まり子がするわ!』
 まりちゃんが田村刑事の肩に乗っかって言った。
「アクセルを固定して、ハンドル操作だけすればいいでしょう。橋鬼が巻きついてきたら一気にまりちゃんはテレポートします」
「それならとどめはまりちゃんが刺した方が」
「まりちゃんは鬼芭王と闘う時の最後の切り札です。できるだけパワーの消耗は抑えたいのです」
「じゃあ、行きますよ!」
 メンバーは全員オデッサ号から降りた。寺西教授が悲しそうな顔をしている。設計から手掛けているのでオデッサ号には人一倍愛着があるのだろう。
『光司、用意はいい?』
「いつでもOK!」
 そう言うと僕はバイクのエンジンをスタートさせた。白い煙がサイレンサーから立ち上った。僕とまりちゃんは同じスタート・ラインに並ぶ。まりちゃんはアクセルを固定するスイッチを押すと、そのままノロノロと走り出した。僕の方はバイクのエンジンの回転を上げ、タコメーターを一気にレッド・ゾーンまで叩き込んだ!
 バアアアンン! という音と共にバイクは前輪を軽々と上げ、そのまま橋の向こう側を目指して突き進む!
「間に合ってくれよお!」
 風の抵抗を避けるために、僕は姿勢を低くして思いっきりタンクにはりついた。だが、それに気づいた橋鬼は再び、身を起こし始める。
『グオオオオオ! 何のつもりだ!』
「くそっ! 後少しなんだ! そのまま寝てろ!」
 橋鬼はどんどん身を起こしていく。アクセルを思いっきり開いた! また前輪が浮き上がる。斜めになった橋鬼の体をよじ登り、そのまま空中に高くジャンプした!
「イヤッホー! サーカスだあ!」
『グオオ! 逃がさんぞ!』
 だが、橋鬼はまりちゃんの乗ったオデッサ号に気がつくと、その身を波打たせてグルグル巻きにした。
『ケケケケ! 車ごと消化してやる!』
 オデッサ号が完全に橋鬼に取り込まれると、まりちゃんが瞬時にテレポートして空中に現れた。
『コージ! 今よ!』
[い出よ! 鬼雷矢!]
 落下していくバイクに乗ったまま、振り返りながら鬼雷矢を放った。稲妻のような閃光が走り、それがオデッサ号を貫いた。
 バズウンンン! というロケットが発射された時のような音が響き、続いて幾度も大爆発が起こった。橋鬼は粉々に粉砕されてゆく。地面に激突しそうになった佐伯を、まりちゃんが空中で受け止める。
『よくよく考えると変な妖怪だったね』
 まりちゃんがニコッと笑いながら僕に言った。
「ほんとに風変わりな奴だった。でもオデッサ号が駄目になってしまったな」
 僕とまりちゃんは暫くその橋鬼の消滅していく姿を見守っていた。

 渡月橋に取り憑いていた橋鬼を退治した後、僕等は遠回りをして嵐山から嵯峨野の方に入る事になった。オデッサ号とバイクを失った今は、ただ歩くのみである。道の両側に並ぶ土産屋や喫茶店を眺めながら歩く。僕は、胡蝶とまりちゃんが映っている窓ガラスに視線をやりながら訊ねた。
「舎利は大覚寺にあるのでしょうか?」
 後藤氏はハンカチで汗を拭きながらそれに答えた。
「分りませんね。あるとしても、おいそれと見つかるかどうか。おそらくその舎利を守っている奴がいる筈ですからね。佐伯さん、腕は痛みますか?」
「さっきから弓の奴がブツブツいっています」
「なるほど」
 やがて大覚寺に着くと僕達は寺の中ほどにある五大堂に上がりこんだ。そこからはTVで話題になっていた大沢池が見えるのだ。身を乗り出して真っ赤になっている池を覗きこんだ。
「ほんとだ、血のような色ですね」
「気持ち悪いわ」
 寺戸が両手を頬にあてて言った。
「ふむ。これはやはり土中の成分には関係ないですね」
 寺西教授が眼鏡をかけ直しながら言った。僕は胡蝶を抱き上げると、自分の肩に乗せて言う。
「胡蝶、何か感じないか?」
『これといった・妖気は・感じない』
「やっぱり別の所ですかね?」
 小林が棒刀の手入れをしながら言う。平田刑事は周囲の建物を見て回っていたが、やがて戻ってくると呟いた。
「田村さん、この寺は誰もいませんね」
「いわれてみればそうだな」
 田村刑事はしかめ面をしてタバコに火をつけた。
「妖怪でもいるかも知れない」
「でも、妖怪は比叡山で全滅したんでしょ? 疾鬼も死んだし」
 首をかしげている小林に後藤氏が言う。
「しかし舎利を守っている妖怪は必ずいる筈です。橋鬼のようにその場から移動しない妖怪は別ですが」
「舎利を守る?」
 僕に向って後藤氏は大きく頷いた。
「ええ、これは草凛さんから聞いたのですが。おそらく鬼芭王が復活するには第三者が手を加えないと無理じゃないかという事です」
「復活の術でも使うという訳ですか?」
「舎利に込められた善界の妖力を、利用するのかも知れません」
「という事は、復活の術を司どる妖怪か鬼がいるという事か」
「私はそんな気がします」
「問題は、その舎利が何処に集められているかですね。そして復活に使われる舎利の数は一体、幾つなのか」
「皆目検討がつきませんね。今までの舎利だって、ありそうもない所にばっかりあったし」
「しかし舎利が嵯峨野に飛んでくるというのはなぜなんだろう? やっぱり疾鬼が何処かに隠しておいたのが、飛んできたんですかね?」
「疾鬼が集めておいた舎利を、別の妖怪が運び出すという事も考えられます」
「寺戸さんが例の予知夢を見たという事は、その舎利が揃ったことを示しているのかも知れません」
 僕たちがそんな話をしていると、何処からか三人の僧が現れた。僧達は廊下をまっすぐに歩いてこちらに向ってくる。
「何だ、ちゃんとお寺の人がいるじゃないですか」
「やっぱり、ここじゃないみたいですね。一体、舎利は何処にあるんだ?」
 諦めて立ち上がろうとした時、突然、寺戸が僕のそばに来て言った。
「佐伯さん。変ですよ」
「えっ? 僕が変人って事?」
「違います! あの池ですよ!」
「池?」
「さっきより水位が下がっているような気がするんです。気のせいかしら?」
「何だって?」
 慌てて五大堂から飛び降りると池の近くまで行き、橋げたから水際を覗いた。
確かに水位が短時間に下がったような跡がある。
 どうしてなんだ? 水位が急に下がるという事は。まさかこの池の下に空洞が?!  とっさに今、現れた数人の僧の事を思い出した。
 あの僧達は何処から現れたんだ? まさか!
 そう思って振り返った時、数人の僧はすぐうしろまで来ていた。
「さっきから、何を調べておられるのかな?」
 にやにや笑いをうかべながらそう言ったと思うと、突然、僧達はこちらに向って長刀を振りかざしてきた! 僕はそれを紙一重でかわすと僧達と反対方向にゴロゴロと転がった。
「善界の弓よ! 出て来い!」
 立ち上がった時には、既に左腕に弓が形成されていた。一気に僧達に向って弓を引く! 
 ドギュウウ! という音と共に鬼雷矢が襲いかかるが、僧達は、瞬時に宙高く飛んでいた。宙に舞い上がったまま、僧達の体も変形を始める! 
「早い! 今までの人鬼と違うぞ!」
[このワシに妖気のかけらも感じさせぬとは! 小僧! 心してかかれ!]
 弓がそう警告する。
 人鬼に変形した三人の僧達は普通の人鬼とは姿形が違っていた。巨大な長刀を操り、まるで昔の僧兵のような恰好をしている。その人鬼の顔には巨大な目が一つ光っていた。
「ゲッ! 一つ目小僧だ!」
『ケケケ! 小僧! とうとうここまで嗅ぎつけてきたか! 言っとくが今までのようにゆくとは思うなよ!』
 僧兵姿の人鬼はそう言うと、巨大な長刀をブン! と振り回した!
「ヘン、何だ。全然、当たらないぞ!」
 そう言った瞬間、何か目に見えない流れが瞬時に走ってきた! 途端に後にあった五大堂の柱が真っ二つになる。
「何だって?」
 背筋に冷たいものが走った。
「どうして当たってもいないのに切れるんだ?」
[小僧! 奴はあの長刀で真空波を起こしているのだ! 長刀の動きに注意しろ!]
「鎌鼬なのか? くそっ! これじゃあ鬼雷矢を射つ隙がない!」
 目に見えない襲撃は一斉に襲いかかってくる! 地面の土が吹き飛んだかと思うと、腕や足から血が吹き出す。今の僕には、その流れを察知する事はできなかった。
「グウッ! これじゃあ身動きが取れない!」
『ケケケ! この妖刀三人衆を倒せるものなら倒してみよ!』
『今度はあっちの人間も、切り刻んでやろう!』
 三体いた内の二体の人鬼が後藤氏達の方に向っていった!
「させるかー!」
 鬼雷矢をつがえる。
『お前の相手はこっちだ!』
 長刀が足下にブウウンン! と音を立てて流れる! 僕はとっさに身を翻して大きくジャンプしたが、そのまま真っ赤な池の中に落ちてしまった。
「しまった!」
 僕はザバアアンン! と音を立てて池の中に沈んでいった。
『何処に行ったー! 小僧!』
 人鬼が次々に長刀を振り回す! 池の真っ赤な水の中に人鬼の鎌鼬が叩き込まれる!
 ちくしょう! どうしたらいいんだ! 僕は水の中で必死で考えた。どうしたらあの、鎌鼬が見えるんだ? どうしたら。そう長くは息が続かない!
 そうしている間にも人鬼の妖刀から発せられる鎌鼬は、次々に水中を切り裂いていく。このままだといつか当たってしまう! 何か、何か方法がある筈だ!
 その時、目の前の水中が一気に切り裂かれた! 鎌鼬は池の底にまで達している。まてよ? この形は。一瞬、何かが頭の中にひらめくと、僕はそのまま水中に座り込んだ。
[小僧! 何をやってるんだ! 鎌鼬に当たってしまうぞ!]
 弓が催促した。しかし僕は息を殺してじっと水中を見つめた。その間も次々と鎌鼬が襲いかかってくる。
 落ち着いて見るんだ! きっと見える! ズバアアアア! と唸りを上げてまた目の前の水中が切り裂かれた! 見えた! この形は。
「おい! 弓よ!」
 心の中から弓に話しかけた。
[何だ?]
「お前に、あの鎌鼬が当たったらどうなる?」
[馬鹿にするなよ! あんな鎌鼬くらい、妖力で跳ね返してやるわい! 問題はそれが、きさまに当たるかどうかだ!]
「そうか! それなら行くぞ!」
[ゲエッ! お前まさか!]
「イチかバチかやって見るさ! 鬼雷矢を召喚してくれ!」
[い出よ! 鬼雷矢!]
 ババババババ! と水中で激しい稲妻が走る!
「空気中なら鎌鼬は見えない! しかし水の中だったら!」
 水面に向けて鬼雷矢を放った! 池の水面から轟音を立てて鬼雷矢が飛び出す!
『ぬう!』
 人鬼はとっさに鬼雷矢に向って鎌鼬を放つ! その瞬間、僕は善界の弓を構えて水面に飛び出した!
『馬鹿め! 今のは承知の上だ!』
 人鬼の長刀が振り下ろされ、猛烈な鎌鼬が発生した!
[小僧! きたぞ!]
 鎌鼬が突っこんでくる! その瞬間、ブーメラン状に水が切り裂かれた! 
「見えたぞー! 鎌鼬、破れたり!」
 善界の弓をまっすぐに立てると、そのまま鎌鼬に激突させた! 一気に僕の体が十メートル程、下がる。
「弓よ! 跳ね返せー!」
[うおおおおお!]
 弓が叫ぶと同時に猛烈なスパークが空気中を走る! 人鬼の放った鎌鼬は、逆向きに跳ね返された! 
『何だと!?』
 跳ね返された鎌鼬が、そのまま人鬼を襲う! 
『そ! そんな馬鹿な!』
 ズバアアアア! と空気中に鋭い音が走ったかと思うと、人鬼の体が真っ二つに引き裂かれた! 
『そ…そんな! ワシの放った鎌鼬が逆に跳ね返ってくるとは』
 呻き声を上げながら、人鬼は真っ二つになった体を投げ出した。
「一人目、やったぞ!」
 そう叫ぶと五大堂の方では、田村刑事達が人鬼と闘っていた。長刀の鎌鼬で堂内の襖や壁が一瞬の内に切り裂かれる!
『ここまで・おいでー!』
 胡蝶が人鬼をからかう。
『おのれえー!』
 怒り狂った人鬼の長刀が堂内の太い柱に突き刺さった! 刀の部分が反対側に飛び出す。すかさず胡蝶はその刀の先端部分を折り曲げた! 
『ゲエッ! 刀が抜けん!』
「でやあ!」
 小林の棒刀が人鬼の巨大な目玉に深々と突き刺さる! 真っ赤な血が目から吹き出して人鬼は床に倒れた。続いて田村刑事と平田刑事の拳銃が火を吹く!
「二匹目、やったぞ!」
 小林が叫ぶ!
 堂の上空では残りの一体とまりちゃんが闘っていた。
『死ねえ!』
『鬼さん! こっちら!』
 まりちゃんは人鬼に背中を向けたまま飛んでいた。人鬼の鎌鼬が、まりちゃんの背中を襲うがまりちゃんはそれを紙一重でかわしていた。
『馬鹿な! 何も見えていないのに、どうして避けられるのだ!』
 まりちゃんは五大堂の屋根に飛び降りると、まるで人鬼をからかうように走り出した。
 再び人鬼は長刀を振るって鎌鼬を発したが、何なくまりちゃんは避けていく。
 瓦の屋根がバラバラ吹き飛んで宙に舞う。
 人鬼は反狂乱になって、屋根の上で長刀を振り回した! だがまりちゃんは突然、人鬼の方を振り返った。
『三匹目よ』
『何?』
 ドオオオンンンン! と人鬼の足下で爆発が起こり、鬼雷矢が人鬼の体を下から上へと貫いていた。
『ガッ!』
 人鬼はそのまま体中から血を吹き出して、その場に崩れ落ちる。僕が建物の中で善界の弓を構えているのを、まりちゃんはニコッと笑って見降ろしていた。堂の中から鬼雷矢を放ったのが命中したのだ。三匹の人鬼を倒すと、真っ赤に染った池の前に集った。人鬼達が死んで池の中の結界も解けたらしい。再び左腕が痛みだした。
「まりちゃん、まずこの池の水からどけよう」
『OK!』
 まりちゃんが両手を池の方にかざす。
『水よ、舞い上がれ!』
 途端に池の中の水が宙に舞い上がり始めた。
 ドドドドドド! と激しい音を立てながら大沢池の水が下から上へと逆流している。
 僕は不思議なものを見る気持ちと、鬼芭王にこれから直面する恐怖とで複雑な気持ちになっていた。やがて何十秒かすると、池の水は完全に消滅していた。その跡にはクレーターのようになった地形が現れる。水が飛んでいった方向に目をやると、空一面、真っ赤に水が飛び散っていた。
「何処かに秘密の通路か何かがある筈だ!」
 クレーターのようになった凹地に飛び降りると、足下を懸命に調べ始めた。だが、自分の足に当たる感触に気がついて僕はギョッ! とした。
「こ、これは、人間の骨?」
 地面のあちこちを蹴飛ばして見ると、いたる所に人間の骨が泥に交じって埋っていた。
 後藤氏が後に続きながら言う。
「池の水が赤い理由が分るような気がします。これだけの数が埋っていればね」
「さっきの人鬼達が喰らっていたんでしょうか?」
「おそらくね」
「人間をこの池に引きずり込んで喰らっていた訳か。鬼芭王の結界に誰かが近づく事を恐れていた訳ですね」
「谷山君も連れてきたかったですよ。本来は妖怪研究と何の関係もなかった私の方が、今ここに立っているなんて皮肉なものです」
 やがて足で泥の中を調べていると、何か骨とは別の固い物がコツン! と足先に当たった。
「ここかな?」
 しゃがみこんでその固い物を取ろうとすると、その小さな突起は巨大な岩の一部だと分った。後藤氏がかがみこんで言った。
「何かの入口みたいですね。この小さいのは取っ手でしょうか?」
「でも、どうやったら開くんだろう?」
 懸命に引っぱったが、それはビクともしなかった。後藤氏がまりちゃんを抱えて取っ手の所まで連れてゆく。
「まりちゃん、引っぱってごらん」
『うん!』
 まりちゃんがその取っ手を掴むと、突然ゴゴゴゴゴゴ! という音が地下から響いてきた。そのまま、まりちゃんは取っ手を上に引き上げる。そして、取っ手の下の部分からは大量の泥に混じって、通路が現れた。丁度人間一人が通れるくらいの狭い入口である。
「やっぱり、地下通路があったのか!」
「ここが開いたり閉じたりしていたから、池の水位も変わっていたのね」
 寺戸が頷きながら言う。僕を先頭にしてその入口から中に入った。その狭い通路は奥に行くにしたがって、だんだんと広くなってゆく。平田刑事がポケットから小型の懐中電灯を取り出して辺りを照した。
「信じられない! 大覚寺の池の下にこんな通路があったなんて!」
 僕は懐中電灯に照された通路の壁際に目をやると、再びギョッ! とする。
「これは、人間?」
 壁際には大勢の人間の死体がミイラ状態のままその壁に埋め込まれていた。 その人間のミイラと交じって妖怪のミイラもいたる所に埋っている。
「どうしてこんな所に人間と妖怪のミイラが?」
『たぶん』
 胡蝶が静かに言った。
『ここは、かつて・善界と・鬼芭王が・闘った・場所だと・思うわ』
「何だって?」
「だとしたら、鬼芭王が封印されている所は近いでしょうね」
 後藤氏はそう言うと、さっさと歩き出した。左腕の痛みは段々とひどくなってくる。回りから滲み出てくる地下水の雫が落ちて体にあたる。
「気違いじみた量の妖気だな。そろそろ近くなってきやがったようだぞ!」
「いよいよか?」
 やがて少し先の方を歩いていた後藤氏が、小走りで戻ってきた。少し青ざめた顔をしている。
「佐伯さん、ありましたよ!」
 早鐘のように鳴る自分の心臓の音を聞きながら僕は前に進んだ。後藤氏が指差す方向には巨大な空洞があった。足を一歩踏み入れた途端、僕の体に電流のような衝撃が走った!
「うわあ! 何だ?」
[鬼芭王め、こんな所に眠って再起を狙っておったか!]
 突然、僕の意思とは関係なしに、善界の弓が左腕から現れ始めた! 猛烈な勢いで弓の形を形成していく。
 弓の全体からは激しいスパークが飛び散っていた。痛みに堪えながら目の前を見ると、そこには巨大な結界が空洞の大部分を覆いつくしていた。
「こ、ここに鬼芭王が!?」
 結界の中には幾つかの凹みがあり、そこに五つの舎利が埋め込まれていた。おそらく疾鬼達が長年かかって集めたものだろう。一つ一つの舎利はまるで生きているかのように不気味な鼓動を繰り返していた。
 東寺、三十三間堂、仁和寺、比叡山、そして最後が谷山教授が発見した舎利なのか。
[小僧! 既に舎利が全部埋め込まれているという事は、やばいぞ!]
『この場で・ヤツを・殺さないと!』
 胡蝶が両手を結界の方に向けている。
「ま、待ってくれよ!」
「佐伯さん、今すぐにでも、奴はここから飛び出すかも知れないぞ!」
 そう叫んで田村刑事と平田刑事も拳銃を構える。
「何とかこのまま復活を阻止できないのか?」
「そんな悠長な事、いってる場合か! 奴が復活する前に消滅させるんだ!」
 やがて胡蝶の両手からは猛烈な光が広がり始めた。
『光司! もう・時間の・猶予はない!』
「胡蝶!」
[小僧! 弓を引くんだ!]
「わ、分った!」
[い出よ! 鬼雷矢ー!]
 弓の声と同時に鬼雷矢が姿を現した。震える手で弓をつがえる。
[射てー!]
 弓の声と同時に、胡蝶の鬼雷獣と弓の鬼雷矢が火を吹き、二つのエネルギーはそのまま結界を破壊する。そして次の瞬間、空洞の中は激しい地震に襲われた。ズズズズ! と地面の中を揺さぶる音が辺りに轟く。
「みんな出口に急げ! 崩れるぞ!」
 田村刑事の叫び声と共に、全員が走り出した。列の最後にいた僕が後を振り返ると、巨大な結界が粉微塵になっていくのが見えた。五つの舎利も地面の亀裂に飲み込まれていく。
 何とか通路の外に出た時には、既に激しい爆発が起こっていた。大量の土や泥が空中に巻き上げられ、空から降ってくる。
「何とか破壊できたのかな?」
[分らん! しかしこの強烈な妖気は消えてないぞ!]
 それは僕の全身にも伝わっていた。だが地面の中からは何も現れてくる気配がない!
 一体どうしたのか? 破壊された後に残った妖気にしてはあまりに強烈過ぎる。
『確かに・変だわ』
 胡蝶がそう言った途端、まりちゃんが叫んだ!
「胡蝶! 上よっ!」
 まりちゃんの声で全員が上を見上げる!
「しまった!」
 僕たちがそう叫んだ刹那、地面に巨大なエネルギーが叩き込まれた! 猛烈な爆発と共に全員が吹き飛ぶ! だが宙に飛ばされながらも、僕はその見えない相手に鬼雷矢を放っていた! 
「当たれー!」
 ドギュウウウウ! と鬼雷矢が唸る音が聞こえ、それが煙の中を突き進んでいく。次の瞬間、ドオオオオンンンン! と激しい命中音が空気中を走った。
 ゆっくりと消えていく煙の中を息を飲んで見つめる。やがてそこからは巨大な鬼の姿が浮かんできた。不気味に光る赤い両眼が煙を通しても強烈な光を放っているのが分る。
[ついに出やがったぜ!]
「あれが、鬼芭王!」
 爆煙のむこうからゆっくりと現れた怪物の姿を見て、全身に震えが走った。まるで体中の血液が一気に泡のようになって、蒸発するような恐怖感だ。善界の子孫である僕の本能がそれを感じ取っていた。
[小僧! 恐いか?]
「あ、当たり前だ、膝がガクガクしてきやがった!」
 人間の憎悪や恐怖、悲しみをエネルギーとする鬼芭王。それが今、僕の目の前にいる。全長は三十メートルはあるだろうか? 顔は能面でいう般若のような顔をしている。僕は自分がどうやって闘うか必死で考えていた。やがて鬼芭王の不気味な声が辺りに轟いた。
『まさか我が攻撃をかわすとは。今までの人間とは少し違うようだな』
『やっぱり・我々の・攻撃を・待っていたのね』
 胡蝶が言うと鬼芭王は嘲るように笑った。
『ケケ! 人間に魂を売った裏切り者の蘭火よ。お前もゆっくりと料理してやろう。さて、誰から死にたいか?』
[鬼芭王! もう一度、墓場に逆戻りさせてやろうぞ!]
『ほほう、このワシを最後まで苦しめた善界の弓か! 言っておくが今のような鬼雷矢では我が肉体を破壊する事はできんぞ!』
「そうかい、じゃあ行くぜ! まりちゃん、胡蝶!」
 そう言うと僕は震えながらも、ゆっくりと鬼芭王の方向に向って歩き出した。
 まりちゃんと胡蝶は空中から近づく。
「佐伯さん!」
 小林が叫ぶ。
「皆はここで見てて下さい。鬼雷矢が何処までやれるか!」
 つられて出ていこうとする小林を後藤氏が押し留めた。
「ここで見ていましょう」
「しかし、」
「行ったらどうなるか分るでしょう? 後はあの三人に、いや、四人に任せましょう」
『ケケケ! じゃあ、まずはこいつらから料理してやるか!』
 ゴゴゴゴゴ! という音と共に一気に鬼芭王の体が赤く光り始めた!
『行くぞ人間共!』
 あっと言う間もなく巨大なエネルギー波が襲ってきた! 
[小僧、まともにやり合おうと思うな! 頭を使え!]
「了解!」
[い出よ! 鬼雷矢ー!]
 弓の叫び声と共に鬼雷矢が現れた。そのまま弓を鬼芭王に向って引く。
「くらえ 鬼芭王!」
 ドギュウウウウ! と音を立てて鬼雷矢が炸裂し、そのまま鬼芭王に突っ込んでゆく。
 それと同時に鬼芭王の体も真っ赤な光に包まれる。鬼芭王の体で激しい爆発が起こり、辺りには耳をつんざくような轟音が響き渡る。だが、鬼芭王の体には傷一つついてはいなかった。
『どうした? 小僧! それだけか!』
 鬼芭王はニタリと笑うと僕の前まで歩み寄ってきた。ズガアアア! と音を立てて、大地がめくり上がり始めたかと思うと、一気に目の前が真っ白になる! 気がつくと弓と共に吹き飛ばされていた。
「ぐっ、そんな!」
[小僧! まともにかかるなと言っただろうが! ワシが結界を張らなければ粉々になっていたぞ!]
 弓が怒ったような声で叱咤する。
「分ってるよ!」
 僕が立ち上がると上空からまりちゃんが近寄ってきた。
『光司! 胡蝶! 別々に攻撃しても駄目よ! 一斉に別方向から攻撃するわよ!』
『了解!』
決 戦  鬼芭王を挟み撃ちにするために僕達は別々の方向に素速く移動した。弓を構え、まりちゃんと胡蝶が両手を鬼芭王に向けてかかげる! 同時に二人の体を青白い光が包む!
『今よ!』
 まりちゃんの掛け声と同時に、三つの稲妻が鬼芭王に向っていく。
「これでどうだー!」
 ギュウウウ! という音と共に鬼芭王に弓の鬼雷矢が、まりちゃんの衝撃波が、胡蝶の鬼雷獣が一斉にぶつかっていった。三方向から攻撃を受けた鬼芭王は一瞬、よろめいたがすぐに体勢を立て直すと、今度は両手を広げて仁王立ちになる。
『馬鹿共が! そんな小細工は無駄だという事が分らんようだな!』
 次の瞬間、両手を広げた鬼芭王は今度はさらに巨大化を始めた。鬼芭王の体は一気に膨れ上がり、前よりも強烈な妖気を放ち始めた。
「な、なぜだ! あれだけのエネルギーを叩き込んだのに!」
『馬鹿め、お前達が幾ら攻撃してもワシの糧となるだけだ! さあ! 思う存分、攻撃するがいい! お前達のエネルギーも全部吸収してやろう!』
「まりちゃん! どうすればいいんだ!」
『あたしにまかせて!』
 まりちゃんはそう言うと、鬼芭王の近くに着地した。
『さっきから目障りな奴だ! 一気に捻り潰してやろうか?』
 鬼芭王は凶悪な顔を歪めてニタリと笑った。
『潰せるものなら潰してごらん!』
『面白い!』
 途端に鬼芭王の口がカッ! と開いたかと思うと衝撃波が地面に叩き込まれた! だがその時にはまりちゃんは鬼芭王の目の前に瞬間移動していた! 
『な、何だと?』
 ボウっ! という音と共にまりちゃんの右手が青白い球形の光に包まれ始める! 次の瞬間、強烈なパンチが鬼芭王に叩き込まれていた!
『グオオオ!』
 鬼芭王が一瞬、宙に浮き、そのまま後方に吹き飛んだ!
「げえっ! あの巨体が吹っ飛んだ!」
 ズズズズウウンンン! と激しい音を立てながら鬼芭王は地面を転がっていく。辺りには大量の土煙が巻き起こった。
『光線エネルギーが駄目なら、打撃しかないわ!』
『グオオ! こやつ許さん!』
 まりちゃんが近づいた所を見計らって、鬼芭王の衝撃波が火を吹く! だがその時にはまりちゃんの姿は鬼芭王の視界から消え失せていた。
『ど、何処に行った?』
『こっちよ!』
 まりちゃんは鬼芭王から数十メートル離れた場所に着地する。続いてその両手を地面の真下に向けた。
『馬鹿め! 何処を攻撃するつもりだ?』
 いきなりまりちゃんは地面に向って衝撃波を放った! 地面に放たれた衝撃波は一直線に地面を走っていき、それが鬼芭王の所まで達した。
『ば、馬鹿な!』
 爆発で鬼芭王の立っている所には巨大な空洞が開き、地鳴りの音と共に鬼芭王を飲み込んでいく。あっという間もなくその巨体が半分くらい、地面の中に飲み込まれる。続いてまりちゃんは両手を宙に高くかかげた!
『ガアッ!』
 突然、鬼芭王の体のあちこちが変形を始めた。まるで巨大な重力に押し潰されるかのようにその形が歪んでいく。
『疾鬼が使っていた重力嵐よ!』
 大地の上に次々と無数の亀裂が入っていく。だがここで黙ってやられる程、鬼芭王は甘くはなかった。
『なめるなヒトガタめ! これでどうだ!』
 鬼芭王が叫ぶと同時に、その両手が一気に何十メートルも伸びきった。その腕に鬼芭王から離れていた胡蝶と僕は、一瞬の内に捕らえた。
「しまった!」
『胡蝶、光司!』
『ケケケ! さあ! さっさとこの邪魔な重力嵐を解け! さもないとこいつらを捻り潰すぞ!』
 鬼芭王は僕と胡蝶を掴んだ手に一気に力を入れ始めた。ミシミシという音が体から聞こえる。想像を絶する痛みに気が狂いそうだった。
「ぐおっ!」
 僕は激しい吐血をしながらも必死で叫んだ! 
「まりちゃん! 早くとどめを刺せ! 重力嵐を解いても同じ事だ!」
『光司!』
『ケケケ! お望みどおり殺してやるか! 死ね!』
 鬼芭王が両手に満身の力を込め始めた! 途端に僕の骨がボキボキとにぶい音をたてて砕ける音がした。
「うぐっ!」 
 鬼芭王はピクリとも動かなくなった僕と胡蝶をゴミのように地面に落とした。僕等はもんどりうって、うつ伏せになる。
『胡蝶、光司!』
『いいザマだ。後でゆっくり喰らってやろう!』
 まりちゃんは静かに空中に舞い上がると鬼芭王と向いあった。その体を小さく震わせながら。暫く僕達の方を見ていたまりちゃんは、やがて鬼芭王の方をキッ! と睨んで叫んだ。
『鬼芭王、自分のした事が分ってるの?』
『何の事だ? 虫ケラを潰しただけではないか!』
『まり子の友達を、友達をひどい目にあわせたのよ! まり子の友達を!』
『それがどうしたというんだ、ヒトガタ? ケケケ!』
 鬼芭王がそう言った途端、まりちゃんの体は巨大なエネルギーに包まれ始めた。
『な、何だ?』
『許せない! 絶対許せない! 鬼芭王! 今度はあなたが死ぬ番よ!』
 まりちゃんはそう叫ぶと、一気に鬼芭王の目の前に瞬間移動した! そして周囲に伸びきっている鬼芭王の右腕を掴んだ。
『な、何のつもりだ!』
『エネルギーをどんどん吸収するって言ったわね。まり子のエネルギーをどこまで吸収できるかしら!』
 途端にまりちゃんの両目がカッ! と真っ白に光る! 続いてバババババババ! と辺りを引き裂くような音が響き渡った! まりちゃんと鬼芭王の体は真っ白な光に包まれていく。
『グワアアアア!』
『思う存分喰らわせて上げるわ! まり子のエネルギーを!』
 まりちゃんの全身から弾けるエネルギーに鬼芭王はのたうち回り、悲鳴を上げた! 
 そのまま三十メートルはあろうかという鬼芭王の巨体が引き裂かれ始める。
『グウウ、やめろ。ワシを殺すとあの二人は助からんぞ!』
『何ですって?』
 まりちゃんは思わず、衝撃波の放出レベルを緩めた。
『あ奴らはまだ生きておる。あの舎利のエネルギーを使えば、二人を助けてやる事ができる。だからもう闘うのはやめようじゃないか!』
 鬼芭王は必死の形相でまりちゃんに訴える。
『騙されないわ!』
『ではこのまま、あの二人が死んでもいいのか? お前がその力を抑えれば、あの二人を助けてやる事ができるというのに! みすみす仲間を見殺しにするつもりなのか? あの二人は思っているだろうな! どうして自分を助けてくれないのかってな!』
『あっ』
 いつの間にかまりちゃんは両手の力を緩めていた。突然、激しいエネルギーから開放された鬼芭王はそのまま地面に投げ出される。既に鬼芭王の体はその殆どがミイラのようになっていた。まりちゃんがそのまま鬼芭王の元に飛び降りると、不気味な顔を微かにニヤリとさせて鬼芭王は言った。
『このワシがこうも簡単にやられるとはな。お前は何者なんだ、ヒトガタ?』
『教えて。どうすればあの二人は生き返るの?』
『あの舎利を持って来てくれ。あれがないとワシの術は使えん』
 鬼芭王はしわがれた声で必死に喋っていた。今にもその息が止りそうな気配さえ見せている。
『分ったわ』
 まりちゃんはそう言うと、両手を静かに宙にかざした。瞳を閉じたまま、周囲の地面に向って力を放つ。暫くすると、微かな微動と共に辺りの地面がドドドド! と一斉にめくれ返り始めた。五つの舎利が鈍い光を放ちながら、舞い上がり土中から姿を現す。
『早く、ワシはもう駄目だ』
 まりちゃんは宙に浮いていた舎利を慌てて掴むと、それを鬼芭王の所へ運んだ。
『この舎利をどうすればいいの?』
『ワシの手の上に乗せろ。早く!』
 まりちゃんが鬼芭王の掌に舎利を乗せると、突然五つの舎利が鼓動を始めた。
 ドクン、ドクン、と心臓の音のような鼓動を繰り返している。
『どうなってるの? 舎利が鼓動している!』
『フフフ。さあ舎利よ! もう一度ワシに力を与えてくれ! 善界の舎利よ!』
 鬼芭王が叫んだ途端、五つの舎利から強烈な光が弾けた! まりちゃんは慌てて飛び退いた。五つの舎利はあっという間に光の玉となり、それらが光の渦のようになって鬼芭王に吸収されていく。ミイラのようになっていた鬼芭王の体は途端にその巨体を膨れ上がらせた!
『ケケケケ! 馬鹿なヒトガタだ! あの二人を助ける術など始めからないわ!』
『何ですって?!』
『お前の方からのこのこと、舎利を運んでくれるとはな! 今度はさっきのようにいくとは思うなよ!』
 鬼芭王の巨大な拳がまりちゃんに叩きつけられる。とっさにまりちゃんは両手で受け身を取った! ドガアアア! という音と共にまりちゃんは、後藤氏達が見守っている五大堂の中に叩き込まれた。五大堂の瓦や柱がバラバラに吹き飛んだ。
「まりちゃん!」
 後藤氏達が慌てて、まりちゃんに駆け寄る。
「まりちゃん! 大丈夫か?」
『鬼芭王の奴、さっきよりも数段パワーが増しているわ。でも負けない! 絶対に!』
 まりちゃんはそう叫ぶと一気に、五大堂から飛び出していった! 
『行くわよ! 鬼芭王!』
『愚かな奴よ! かなわないと分っても来るのか?』
 鬼芭王の両手から再び衝撃波が走る! まりちゃんは回転しながら、紙一重でそれをかわすと両手をクロスさせて、エネルギーを一気に鬼芭王に放出した! 巨大な光の渦が鬼芭王を襲う。だが次の瞬間、鬼芭王の姿はまりちゃんの視界から消えていた。途端に地表には巨大なクレーターが形成される。
『何処に行ったの?!』
『馬鹿が! こっちだ!
』  頭上を見上げると、鬼芭王の巨体は宙に浮いていた。だが次の瞬間には、まりちゃんも飛び上がっていた!
『破壊してやる!』
『こっちのセリフよ!』
 カッ! と上空が真っ白に光ったかと思うと凄じい爆発が空中で起こった。まりちゃんと鬼芭王の放ったエネルギーが衝突したのだ。
「まり子ー!」
 後藤氏が必死で叫ぶ。その光が消えると、鬼芭王の巨体が真っ逆さまに地面に墜落してきた。ドオオンン! と激しい地響を立てて、鬼芭王の巨体が地面に横たわる。
 既に勝負はついたかのように見えた。鬼芭王の墜落の衝撃で、後藤氏達も五大堂から地面に振り落とされた。
「鬼芭王は、どうなったんだ?」
 鬼芭王は地面に体を半分、うずもらせたまま、ピクリともしなかった。
「ああ! まりちゃん!」
 後藤氏達が空中を見上げると、上空ではまりちゃんが苦しそうに息をついていた。愛らしいドレスもボロボロになってしまっている。
「まり子! 早く降りておいで!」
 後藤氏が叫ぶと、まりちゃんは静かに降下していった。後藤氏が夢中でそれを抱きとめる。
「こんなになってしまって、私が悪かった。許してくれ」
『しゅうちゃん』
「もう、いいんだ。こんな姿になってまで闘わなくてもいい。もういいんだ」
『駄目よ。それじゃあ、胡蝶や光司はどうなるの?』
「まり子」
 だが、次の瞬間、まりちゃんは鬼芭王が再び立ち上がる姿を見ていた。鬼芭王は全身を大きく膨らませ、邪悪で巨大なエネルギーを一気にまりちゃん達に叩きつけようとしていた。
 巨大な口がカッ! と開く!
『しゅうちゃん!』
 とっさにまりちゃんは後藤氏達をサイコキネシスで弾き飛ばした! スローモーションのように後藤氏が、田村刑事や小林達が訳の分らぬまま、飛ばされていく。
『喰らえー!』
 巨大な火の玉が、まりちゃんのいる五大堂に叩きつけられた! 一瞬の内に五大堂は真っ赤な光に包まれ、爆発音と共に消滅した。木材や瓦が粉々になって辺りに飛び散っていく。
 数秒後に、後藤氏達が気づいた時には五大堂は跡形もなく破壊され、後には深くえぐられたクレーターが残されていた。鬼芭王は仁王立ちになると静かに笑い始めた。
『フフフ、これで終わったぞ! ワシの邪魔をできる者はこれでいなくなった!』 
「まり子ー!」
 後藤氏が必死で叫ぶが、周囲にまりちゃんの姿は見られなかった。 
『無駄な事だ! 今の一撃であのヒトガタは消滅したぞ! さあて。次はお前らの番だな』
 鬼芭王は邪悪な顔をニタリと歪ませると、今度は後藤氏達の方に近づいてきた。
「くそっ! もう駄目なのか?」
『頭から丸呑みにしてやろう! あの頃のようにな! お前ら人間共を恐怖のどん底に突き落としてやろうぞ!』
 鬼芭王の長い爪が後藤氏達の目の前まできた時、突然、巨大な稲妻がギュウウウ!と音を立てて、鬼芭王の右腕に命中した! 突然の攻撃に鬼芭王は慌てふためく。
『だ、誰だ!』
「ふざけんじゃねぇ! このくされ鬼芭王!」
 『小僧! まだ生きていたのか!』
 僕は地面に倒れたまま、必死で鬼雷矢を放っていた。弓を杖のようにしてよろよろと立ち上がる。だが歩く事は到底無理な状態だった。
「佐伯さん! 生きていたのか!」
 小林が叫ぶ。
「善界の弓の妖力で何とか死なずに済んだ。少しだけど、こいつに治癒能力がある事を忘れていたよ」
『ケッ! 懲りないやつめ! また捻りつぶしてやる!』
 鬼芭王はそう叫ぶと僕の方に余裕たっぷりの表情で向って来た。弓に思念を送る。
「おい、きたぜ! さっさとお次の変形しろ!」
[何だと?!]
「お前が後一段、パワーアップできる事は知ってるんだ。さっさと変形しろ!」
[なぜそれを知っている!]
「胡蝶に聞いた事があるんだ。最後に善界はそれを使ったとな!」
[駄目だ! そんな事をしたらお前は死んでしまうかも知れんぞ! どれくらいの衝撃がお前を襲うか分らない!]
「鬼芭王を倒さないでどうするんだ! まりちゃんも死んだんだぞ!」
 そう叫ぶと突然、善界の弓は笑い出した。
[ケケケケ! お前、本当にあの人形が死んだと思ってるのか?]
「何?」
[ワシには分る。あれくらいの衝撃であの人形がくたばるものか! 今に轟音と共に飛んでくるぞ!]
「本当なのか?」
[ああ! まだ強烈なエネルギーを感じるからな!]
「まりちゃんが戻って来るまで、何としてもここでふんばるんだ! もう後はないんだよ!」
[ケッ! 死んでもワシを恨むなよ! 小僧!]
 善界の弓はそう言うと、途端に空気中にスパークを放ち始めた! 続いて僕の体内に激しい衝撃が叩き込まれる。
「ぐおおおお!」
[耐えろ! 小僧! 鬼芭王を倒したかったらな!]
『ククク、馬鹿な奴等だ! 今になって悪あがきか!』
 鬼芭王は嘲るように笑うとこっちにまっすぐに進んでくる。
「うおおおおお!」
 左腕からは真っ赤な血が飛び散り、先端にある善界の弓はゆっくりと変形を始めていた。鋼鉄のように固い弓の表面に一斉にヒビが入る。それら無数のヒビが瞬く間に地面に落下していく。
「弓にヒビが!」
 後藤氏達はじっと、僕の左腕にある弓を見守っていた。一体、善界の弓がどうなるのか? どんな変形を成し遂げるのか、誰にも見当がつかなかった。
 やがて善界の弓はカッ! と一瞬輝くと、その巨大な姿を現した。変形した弓は前よりも不気味な感じを強め、あちこちには小さな光が行ったりきたりしていた。ビイイイインンンンン! と機械が発する低周波のような音を立てている。
「これが、本当の姿!」
『ゲエっ! あれは!』
 鬼芭王の脳裏にあの時の恐怖が蘇る。弓全体から発する巨大な妖気に鬼芭王は焦っていた。過去に鬼芭王を封じ込めた魔神の弓が、今ここに現れたのだ。 
『まさか、あんな小僧が』
「行くぞ! 鬼芭王!」
[い出よ! 鬼雷矢  !]
 弓の叫び声と共に巨大な稲妻が目の前に現れた! 
「ゲェ! 前よりも矢がでかいぞ!」
[当たり前だ! 小僧! 反動でふっ飛ばされるなよ!]
「喰らえー!」
 叫ぶと同時に僕は力一杯、弓を放った! 再び善界の弓と鬼芭王の一騎討ちが始ったのだ。
次のページ