どのくらいの間眠っていたのだろうか? 気がつくと布団の上に寝ていた。格子造りの天井が目に入ると、ようやく春日ホテルにいる事に気がついた。
一瞬、今までの事が夢のように思えたが、やはり左腕は切り落とされたままだったし、傍らには風神丸が置かれてあった。これに普段なら、胡蝶が隣で寝ている筈だ。
胡蝶はどうしているのか? 妙に心配になってきた。
「さて、行くか」
僕は上からジャケットを着て立ち上がった。刀をくるむ適当な布がなかったので、ホテルの部屋から、予備のシーツを失敬してしまった。
「待てよ、皆なはどこにいるのかなあ、他の部屋だろうか?」
もしかすると、既にチェックアウトしているのだろうか? フロントで尋ねると、全員、外出中だった。ただ、自分の名前を名乗ると係員は柔らかい口調で言った。
「佐伯様ですね? 後藤様より伝言をお預りしております」
渡されたメモを見ると、「戻ったら、火川神社に急行されたし」と書かれてあった。急いで玄関からタクシーに乗り込み、火川神社へと向った。
途中、興福寺の国宝館が目に入った。相変わらず瓦礫の山のままだ。復旧は思うようにいっていないようだ。現場を漁っているのは県警だろうか?
少し気の毒になった。ああやっていても、飛び去った阿修羅が帰って来る訳もない。
車の中でもう一度、渡されたメモを見る。久しぶりに帰ってきたのに、妙にそっけないメモだ。とすると、よほど急いでいると見える。あれから何か起こったのだろうか?
もしかして後藤氏たちは既に法隆寺に行ったのだろうか? 行ってそれなりの成果が上がっていればいいのだが。ことだまの事が気がかりだった。あの子が寺にいればいいのだが。
「お客さん、観光ですか?」
前にいた運転手がルームミラーごしにこちらを見て言った。標準語と関西弁のなまりが混じったようなイントネーションだ。
「うん、そのようなものだけど」
「近頃はぶっそうな事ばっかり起こって恐ろしいですなあ。この間も法隆寺で火事がありましてなあ」
「火事だって!」
「ええ。数人の観光客が拝観をしていたら、突然、辺りが燃え上がったそうなんですわ。それも一度や二度の事じゃなかったそうです」
「それ、いつの話ですか?」
「二〜三日、前の話ですわ。TVでも騒がれていましてなあ。それにもっと恐ろしい事があるんですわ」
運転手は赤信号で停止すると、こちらを振り向き、緊張した顔で言った。
「寺の管理人の話ですと、何でも、夜中に小さな女の子のすすり泣く声が聞こえたという事ですわ」
女の子? ことだまの事かも知れない! 当然、後藤氏たちもそのニュースは聞いているだろう。やはり法隆寺には何かがある。
「お客さん、帯解のどの辺ですかね?」
「火川神社です」
運転手に少し急いで貰い、火川神社に着いた。
タクシーを降りると長い石段に、鬱蒼と茂った杉林と竹林が見える。そう長い間、離れていた訳ではなかったが、無性に懐かしかった。皆などうしているだろうか? はやる気持ちを押さえきれず階段を駆け上った。
階段を上り終えた時、ちょっと嫌な感じがした。なぜか境内の中には、いつもの凛とした感じが無くなっていたのだ。
「変だな、霊気が感じられない」
朱色に塗られた鳥居をくぐり、一対の狛犬の前を通った。いつもと同じといえば同じなのだが、何か違う。次第に胸さわぎが強まった。
「まさか!」
悪い予感は当たっていた。お社の前まで来ると、立派な造りだった社務所の壁に大穴が空き、何人かの宮大工が修理にあたっていた。ガラスや障子の破片らしきものも、そこら中に散らばっていた。庭の右手の方に目をやると、空高くそびえたっていた杉の大木が、見るも無残に折れていた。
「な、何があったんだ?」
思わず後ずさりしてみると、屋根の上にも巨大な穴が空いていた。これは人間の仕業ではない。
急いでその修理途中の穴から中に入ると、林田兄妹が深刻そうな表情で工事の成り行きを見守っていた。僕が目に入るや二人は笑顔で迎えてくれた。
「佐伯さん、ご無事で戻られたんですね!」
「どうも。この有様だけどね」
僕はなくなった左手を指さした。だが、その再会の喜びの表情も一瞬で、すぐに困惑した表情へと変わった。
「林田さん、何かあったんですか?」
「とにかく奥へどうぞ」
二人に連れられて、長い木の廊下を歩いた。一体、どうしたのだろう?
廊下のつきあたりには大きな座敷があり、そこに皆な集っているようだった。二人が障子を開けると、中には後藤氏とまりちゃんがうつむいて座っていた。
『光司、お帰り』
まりちゃんが微笑んだ。だが、その表情もなぜかぎこちない。
僕は後藤氏の前に正座して言った。
「ただ今、戻りました」
「ああ、佐伯さん、ご苦労様でした。大変でしたねぇ」
後藤氏は我に返ったような顔をして、ねぎらいの言葉をかけてくれた。しかし、すぐにその丸い両眼はじっと閉じられ、色白の顔が下を向いた。やはり何か重大な事が起こったらしい。
「みんな、どうしたんですか、何があったの?」
そう言うと、不意に林田兄妹が真横に座って言った。
「申し訳ありません、佐伯さん。我々がついていながら」
「何があったんです?」
そう言った時、真向かいの障子が静かに開き胡蝶が障子の間から現れた。そのまま畳の上を歩いてくる。その足取りはどういう訳か、遊んでいるようにも見えた。
「胡蝶、今、帰ったぞ!」
『…』
しかし、胡蝶は何の反応も示さなかった。そればかりか、不思議そうな顔をして、こっちを見ている。どうしたというのだろうか。
「胡蝶、何があったんだよ」
市松は足下で微かに微笑む。だが、黒い瞳はボンヤリとしていた。暫くの沈黙の後、その小さな赤い唇から信じられない言葉が洩れた。
『あなた…誰?』
「えっ?」
『あなたは誰?…知らないよ』
怒っているのだろうか? それともいつものように僕をからかっているのか?
両手でゆっくりと抱き上げた。
「胡蝶、ほったらかしにして悪かったよ。でも、今回の修業は色んな成果があったんだ」
『修行って・なに? どんな事をするの?』
胡蝶は微笑んだまま、こちらを見上げている。
「おい、からかうなよ。悪かったって言ってるだろ?」
『からかってないよ・だって知らないもの…』
「何だって!」
どうなってるんだ? なぜ、他人のふりをするんだ。
「胡蝶、一体どうしちまったんだよ!」
両手で抱いたまま何度も揺さぶった。
「本当に分らないのか?」
『…』
返事の代りに、黒い髪が左右に揺れた。重苦しい沈黙が流れた。
この目は嘘をついてはいない。すると…。
考えられる事は一つしかない。
「威追が、ここに来たんだな?」
ゆっくりと周囲を見渡すと、全員が無言で頷いた。後藤氏が両目をつぶったまま重々しく言った。
「ハッキリ言いましょう。胡蝶は我々に対しても同じ反応を示しています。どうやら何も覚えてないみたいなんですよ」
「記憶喪失なんですか?」
『違うわ。威追の奴に記憶を封印されたのよ』
まりちゃんが両目に涙をため、後藤氏のシャツにしがみつきながら言った。
『威追が胡蝶の額に何か細工したのが見えたの。急いで止めさせようとしたけど、間に合わなかった。ごめんね、光司』
「そんな馬鹿な!」
胡蝶を右手で抱いたまま、震えているのが分った。何か言おうと思ったが、思ったように言葉が出てこない。口を開いても、何かが喉の奥にはまり込んだような感じで、ただ呻き声しか出なかった。何も覚えてないというのか? 自分と出会った事も、鬼芭王と戦った事も。威追の奴め、どこまで酷い事をしやがるんだ!
「ちくしょう…」
やっとその一言が喉の奥から洩れた。後藤氏が肩に手をおき、かすれた声で言った。
「我々が鈴魅亜さんの話を聞いていると、威追は狙いすましたように突然、やって来たんです。皆なで戦ったのですが、田村君と鈴魅亜さんも」
「二人はどうしたんです?」
「今、別々の部屋で寝ています。暫くは起きられそうにありません。田村君は腹を打たれ、鈴魅亜さんは火傷を追いました。狛犬たちも気絶させられただけとはいえ、怪我を負っています」
「申し訳ありません、私たちも威追が境内に入った事に気が付かなかったのです」
林田兄妹もガックリと頭を下げている。その拳が怒りに震えていた。
暫くはどうしたらいいか分らなかった。ただ頭の中が空白になり、自分の体がグルグルと回転するような感じに襲われた。耳の奥で何かが鳴っているような感じで、眩暈がしそうになるのを首を振って懸命に堪えた。
胡蝶を畳の上にそっと降ろす。記憶を閉じられた市松は、今は全ての物が目新しいのだろうか? 様々なところに行って、好奇心旺盛な表情を見せていた。記憶が封印されたという事は、胡蝶は今、何も知らない子供と一緒なのだ。
「後藤さん、行って来ます」
そう言って立ち上がろうとした時、後藤氏の手がそれをおしとどめた。
「待ちなさい。焦ってはいけません、もう法隆寺に行くつもりですか?」
「奴が僕の事を待っているのは分っています。それに、ことだまもきっとあの寺にいると思います」
「確かにあなたを誘き出すために、ことだまは連れて来ているでしょう。しかし、明らかに罠です」
「百も承知ですよ。それに今更、奴にどんな小細工をしても通用しないでしょう?」
「その通りです。しかし、それならそれなりに、いろいろと知っておく必要があります」
「どんな事ですか?」
僕は再び後藤氏の隣に座った。林田兄妹も身を乗り出す。
「まず法隆寺に行く前に、寺がどんな様子になっているか分っていた方がいいでしょう」
後藤氏はそう言うと、大きめの地図を取り出して畳の上に広げた。
「これは?」
「法隆寺の見取図です。今日、急遽取り寄せました」
「こうやって見ると、随分と境内は広いんですね」
「近くにレンタル自転車屋があるぐらいですからね。歩くと結構、距離はあるでしょう」
「しかし、寺の中にも人はたくさんいる訳でしょう? その中にどうやって潜んでいるのかな」
「おそらく、バレないように何等かの手を打っているでしょうね」
「じゃあ、問題はクワィロゥがどこにあるかという事ですね」
「ここで面白い仮説を立ててみました」
後藤氏は鉛筆を取り出し、ニコッとした。
「どんな説ですか?」
「法隆寺で最近、火災事故が起こっているのはご存知でしたか?」
「ええ。タクシーの運転手に聞きました」
「そして夜中に少女の泣き声がする事も」
「はい」
「その火災、私とまりちゃんが不審に思って色々と調べてみたんですよ。すると燃えていたのは、実は建物ではなくて人の服が燃え出す現象なんです」
「服が?」
「ええ。境内の中で突然、脈絡もなく人の服が燃え出してしまうんです。これはどういう事だと思いますか? 燃えた人たちを調べて見ると、体に燃えるようなものは身に付けていませんでした」
「何か特殊な繊維の服なのかな? ある条件になると燃え出すとか」
「それは私も考えてみました。しかし、被害者の服には何の関連性もありませんでした。シルクだったり、ただのナイロンだったり、その種類は様々です。しかもおかしいのは同時間内に、その寺の中にいた人たちが皆な燃え出すのではなくて、ある場所に近寄った人だけ燃えているんですよね」
「ある場所?」
「どこだと思います?」
「ううん…例えば五重の搭とか?」
「はずれ。実はここなんです」
後藤氏のさし示した鉛筆の先は、寺の境内の一番右側に位置している夢殿だった。聖徳太子が暝想をした場所でもあり、現代は国宝である救世観音が眠っているところだ。
僕は吉野天女の暝想していた八角円堂を思い出した。
「夢殿に近づくと服が燃え出すなんて…」
「変だと思いませんか?」
「そう思います」
「クワィロゥはこの中に発生しているのではないですかね?」
一瞬、ショックを覚えた。
「この中に?」
「私の勘では、ことだまはおそらく、この中にとじ込められているのではないかと思っているのです。だから夜中に泣き声がするのかも知れません」
「なるほど、普通の人間に近寄られたら困るから、わざとに火を発生させていたのかも知れませんね」
「充分、考えられる事です。それに、この夢殿は今の時期は開扉されてないんです。つまり誰も中を見ていないという事です」
「そこまで大騒ぎしたら、マスコミ関係が調べたりしないんですかね?」
「それがですね。あまりにも不吉な事ばかり起こるので、当分の間、拝観停止になってしまったんです。寺の管理者たちも自分が燃えてはかなわないので、誰も境内に入りたがらないそうですよ」
「ますます威追の思うツボですね」
「どこまで当たっているかは分りません。何せ憶測だけですからね。しかし、威追があなたを狙っている以上、ことだまをどこかに連れてきている事でしょう」
「分りました」
立ち上がろうとするところを、また押さえられた。
「事は慎重に運ばねばなりません。何と言っても今度は場所が場所ですから、世界最古の木造建築ですよ、あそこは。収蔵されている国宝だって千九百点もあります」
「はい」
「それに、何度も言うようですが、常に罠があると思っていた方がいいでしょう」
「了解です」
威追が自分に対して何を企んでいるかは分らないが、どうしても行くしかないのだ。
胡蝶の記憶も何とか取り戻さないといけない。
焦る気持ちを押さえながら、出発の準備をし、後藤氏とまりちゃん、林田兄妹たちと綿密に打ち合せをした。困った事に、寝ていたはずの田村刑事と鈴魅亜まで起きてきてしまった。二人ともどうしても行くと言ってきかないのだ。
「田村さん、無茶ですよ」
「かたい事、言うなよ。今までだってそうしてきたじゃないか」
「そりゃ、そうだけど」
「なあに、いざとなったらこいつがあるさ」
田村刑事はそう言うと、懐から細長い筒を取り出した。
「何です、それ?」
「これか? ふふ。ダ・イ・ナ・マ・イ・ト!」
「ダ、ダイナマイト? 何でそんな物、持ってるんですか?」
「こっそり仕入れておいたんだ。これなら拳銃より強力だ。あの連中をフッ飛ばしてやる」
はぐれ刑事は嬉しそうな顔をして、ダイナマイトをもて遊んでいる。しかし、時々腹の傷に手をあてているのが気になった。
結局、全ての準備が終わったのは午後八時を過ぎてからだった。鈴魅亜もどうしても行くと言ってきかなかったが、後藤氏がそれを押し留めた。
「鈴魅亜さんは胡蝶を見てて上げて下さい。奴らが再びここに来ないという保証もありませんし」
鈴魅亜は不満そうな顔をしていたが、しぶしぶ承知したようだった。ここだって、本当にいつ狙われるか分らない。
「それと林田さん、狛犬たちもここに置いた方がいいでしょう」
「はい、ではいざとなったら彼等も寺に呼びますので」
林田は眼鏡のズレを直しながら言った。
メンバーはそれぞれ、手に武器を持った。こんな時、玉砕バスターでもあったらと思うのだが。
林田兄妹は手に長い御神刀を持っていた。驚いた事に、それは風神丸よりも長かった。
「凄い刀ですね」
「はい、これは我々の先祖が仲哀天皇から授かった『潮騒(しおさい)の双剣』と言います。私のが『大倉主』、玲子の方が『菟夫羅媛』といい、魔物を封じるために使うものなのです。どのぐらいの威力があるかはまだ分りません」
田村刑事はさらに一丁の拳銃を持っていた。
「また新しい拳銃ですね、ずいぶん大きいな」
「これで二丁も駄目にされたからね。今度はダーティ・ハリーも使っているオートマグの新型だ。大口径、五〇AE弾の六連発だぜ、フフフフフ」
こんな時の刑事はとても危ない。血が騒ぐのだろうか? 田村刑事の武器はともかく、刀の類は全て布に包んだ。こんなものが人目に触れたら大変だ。
「では出動!」
鈴魅亜に送られながら、神社の階段を下った。胡蝶は鈴魅亜の腕に抱かれたまま、キョトンとした顔をしていた。
『ねえ・みんなどこに行くの?』
「そうね…大事なものを取り返しに行くのよ」
二人は階段の一番上に立ち、いつまでも僕等を見送っていた。
道の途中でタクシーを捕まえ、二台に分乗して行く事にした。刀類は布に包んでいると言っても、やはり目立つ。
僕等は一応、簡単な作戦を立てた。それも実に単純な作戦である。まず夢殿に近づいてことだまを助け、それから威追をぶち殺すという手筈だ。相手が人間でない以上、下手な小細工をしても無駄だ。一応、別れ別れになった時のために、無線機も携帯した。
こうなったら、正面きって行くしかないのだ。
隣に座っている林田に話しかける。
「林田さん」
「はい、何でしょうか?」
「胡蝶の封印は、どうやったら外せるのかなあ」
「そうですね。一番、考えられるのは威追が死ぬと封印も解けるんじゃないかと思います。もしくは」
「もしくは?」
「封印術を解く、何等かのキーワードが存在するやも知れません」
「キーワードか…」
「いずれにせよ、威追を倒すしかないでしょう」
タクシーは真っ暗な国道を走り、斑鳩へと向う。向こうから走ってくる車のヘッドライトに目をしかめていると、少しずつ動悸が早くなっている事に気がついた。これから始る戦いに、既に気圧されているのだろうか? 威追に対する怒りと不安が、胸の中に交互に現れる。目をつぶってそれに耐えていると、林田がそっと肩に手を置いた。
「恐れてはいけません、自分を信じるのです。何事も自然に任せるのです」
自分を信じる…。
その言葉を聞いた時、映画か何かだっただろうか? そんなセリフをどこかで聞いたような気がした。まさか自分がそんな事を言われる事になろうとは。隣の林田の落ち着きぶりはどうだろう。やはりこの辺に修業の差が出ているのだ。
やがて、法隆寺の南大門が前方に見えてきた。どうした事だろうか? 突然、その辺りから民家の灯りも消え、路上に並んでいる街灯も全く消えてしまっている。
タクシーが使っている無線機も沈黙してしまったようだ。運転手が舌打ちをした。
「ちっ、また止りやがった!」
さらに、乗っていたタクシーもガタガタとガス欠のような症状を見せ始めた。
「あっ、止めて下さい」
後藤氏が慌てて車を停車させた。どうやらクワィロゥの影響らしい。このまま真っ直ぐに進むと、明らかにエンストしてしまう。
「すいませんが、ここから戻られた方がいいと思います。我々は歩いて行きますので」
後藤氏がそう言うと、運転手は車を止め、怪訝な顔をする。
「本当にここでいいんですか? それに今は寺は拝観停止中ですよ」
「いえ、ここで結構です。御苦労様でした」
後藤氏が運転手に多めの乗車代金を握らせると、運転手たちは、これはどうも、と愛想笑いをして、さっさとUターンして去って行った。少し距離があったが、そのまま門の前まで歩いた。南大門の前には駐車場があり、そこにも何台もの車が止っていた。おそらく動かなくなったので放置されたのだろう。
林田の指示通りに、石畳の上で軽く準備運動をする。あちこちの筋を伸ばした。
「さて、行きますよ」
室町時代に再建されたという、巨大な門から境内に入る。
「ひゃあ、広いなあ…」
寺の中は、地図で想像していたよりは広かった。後藤氏に教えて貰った配置図を頭の中でもう一度、思い出してみた。今、自分たちが立っているところが総門だ。そして何十メートルか先には巨大な十字路がある。それを真っ直ぐに行くと中門があり、中に入ると金堂と五重の搭がある。それらは回廊で取り囲まれていて、後藤氏が言うには回廊の右側と左側は一本だけ柱の数が違うらしい。面白い謎だ。
中門から再び元の十字路の中心に戻り、今度は左に行くと寺務所に弁天池と呼ばれる池がある。あまり奥行はない。すぐに西大門につきあたるのだ。そして、また十字路の中心へと戻り、今度は右側に行く。進んで行くと左手には大宝蔵殿があり、飛鳥時代から江戸時代にかけての仏像芸術が集っているらしい。さすがにこんなところは壊せない。かなり巨大な木造建築だ。この寺は要所要所がきちんと塀に囲まれているので、位置関係は覚えやすい。
今、頭の中で思い浮かべた場所は全て西院と呼ばれる区画だ。
その宝蔵殿のすぐ先に東大門があり、そこを抜けると今度は東院と呼ばれる区域に出る。割と奥行は深い。長く続く塀に沿って進むと四脚門があり、そこを抜けると問題の夢殿がある。例の火事事件はその回廊の中で起こったらしい。やはり夢殿には近寄らせないためだろうか。
以上の事を再び頭の中で思い浮かべ、頭をぶるぶると振った。いよいよ敵地に乗り込んで行くのだ。
「各自、準備はいいですね? では行きますよ」
自分と林田兄妹を先頭に、後藤氏とまりちゃんを真ん中、田村刑事は一番後ろに並んで貰った。我々は白い石畳の上を黙って進んだ。
「無線機は例のごとく、使えないと思います。後は各自の判断に任せますので。では全員、戦闘準備!」
後藤氏の声とともに、林田兄妹がチャキっと刀を抜く。青白い刀身が月光を反射して鋭く光った。林田たちの刀身の長い事…。自分もベルトにさしていた短刀を抜いた。
「不思議ですねぇ」
「何がですか?」
「大きな寺で戦う時、たいてい月が昇っていますよね」
林田が空を見上げながら呟いた。
「そう言えば…」
興福寺の時も、東大寺の時もそうだった。若草山から月が上っていたのだ。それが何か威追たちに関係しているかどうかは分らなかった。
「間をおきます」
兄妹はそう言うと、左右別々に離れて行った。ほんの少し心細さを感じた。
やがて十字路にさしかかった時、前方にある中門から何かの灯りがちらちらと見えた。
「何の灯りだ?」
「変ですね。夜間用の灯りなんてあったかなあ?」
後藤氏がそう言った時、その赤い灯りが不意にゆらめいた。そして、まるでこちらに反応したかのように、ゆっくりと中門から出てきた。挨拶でもしているつもりか?
「佐伯さん、あれは鬼火ですよ」
「鬼火?」
「死んだ妖怪の魂です」
「しょっぱなから嫌なものに出くわしちゃったなあ」
鬼火は、ゆらゆらとうごめいていたが、やがて真ん中に柱のある中門から中へと消えてしまった。
「中門に消えましたね。行ってみます」
「佐伯さん、罠かも知れませんよ。皆で行きましょう」
林田たちが『潮騒の双剣』をかまえて後について来た。中門の造りは結構変わっている。なぜか入口のど真ん中に柱が立っているのだ。これも謎の一つとなっているらしいが、侵入者を阻んでいるのだろうか? 林田兄妹と、後藤氏とまりちゃんが左側から入ったので、田村刑事と右側から入った。
「佐伯さん、回廊をグルッと回ってみましょう」
「了解」
林田たちは左側から回廊を歩き始めた。こっちは右側から進む。さっきの鬼火はどこに行ったのだろうか? 不意に姿を消してしまったようだ。一歩一歩、慎重に進む。
回廊の柱の形も特徴があり、エンタシスと言って柱の中央部分が、太くなっているというものだ。ギリシャ建築の影響があるらしい。
左手には金堂と五重の搭が建っている。興福寺の五重の搭よりは幅が広いらしく、造りがしっかりしている。月光の中にどっしりと建つ姿は、さすがに世界最古のものだ。太子搭という別名もある。
「佐伯さん、何か見えるぜ」
田村刑事がそう言った時、丁度、搭の入口辺りに、先程の鬼火が現れた。どうやら搭の中に潜んでいたらしい。
「搭の前まで行ってみます」
そう言い残すと、回廊から飛び出して、搭の入口の前に立った。それを見て林田が左側から出てきた。
「佐伯さん、危ないってば」
林田がそう言った時、搭の入口に人影が見えた。鬼火に照されて、うつぶせになったまま、じっとしている。ことだまだった。
白い浴衣と赤い帯が暗闇の中で、鬼火に照されて浮かび上がっていた。
「どうしてこんなところに?」
「佐伯さん、待って下さい!」
林田の制止も聞かず、急いで搭の中に入り、その小さな体を抱き起こした。
「ことだま、しっかりしろ!…何?」
よく見ると、そのことだまには顔がなかった。
「しまった、やはり罠か!」
「くくくく…」
真っ白なのっぺらぼうが、不意に笑い声を立てる。小さな腕が一気に伸びて首筋にからまってきた。
「わああ!」
「今更、遅いのよぉ!」
その声が聞こえたと同時に、ことだまの体はどろどろに溶け、不形態のアメーバーと化していた。あの亜空間で遭遇した妖怪、アメーバー女だったのだ。
「今度は逃がさないよぉ、佐伯光司ぃ!」
「くそっ!」
短刀を振りかざしたが、スルリと伸びた触手らしきものに、右腕を押さえられた。
その時、玲子が投げつけた魔よけの護符がアメーバー女にめり込んだ。途端におびただしい蒸気が立ち上り、女は悲鳴を上げて後ろへと飛び返った。
「痛いじゃないの。体が溶けてしまう!」
「あんたなんか、溶けてなくなってしまいなさい!」
玲子が毅然とした表情で言い放った。
「おのれぇ!」
再びアメーバー女が飛びかかろうとした時、林田の『潮騒の双剣』が光り輝いた。
「産土(うぶすな)の大神たち、恩頼(みたまのふゆ)を蒙(かがふ)らしめ給えっ!」
電光石火のスピードだった。一気に林田が刀を斜めに走らせると、闇を斬るように白い光が走り、アメーバー女を真っ二つに裂いた。悲鳴を上げる妖怪。裂かれた体は次々氷りはじめた。「ぎええ、体が元に戻らないぃ。かたまってしまうぅ!」
「潔齋(けっさい)!」
パン!
軽い衝撃音とともに、ガラスのようになった敵は粉々に砕けた。後にはきらきらとした光の結晶が辺りに散って行く。見事だ。
「助かりました」
「いえ、お役に立ってうれしうございます」
兄妹は微笑んで言った。一つ、借りができてしまった。再び周囲を見ると、いつの間にか鬼火も消えてしまっていた。どうやらオトリに使われていたようだ。
「さて、進みましょう」
中門を抜け、もとの十字路に戻った。さっきのように列を作り、真っ直ぐに東側へと進む。ここから東院までは少し距離がある。短刀を持ち直し、用心して進んだ。
「しかし、妙に静かですねぇ」
「ああ。威追たちがいるなんて信じられないよ」
だが、その静けささえも、連中のまやかしに過ぎなかった。右手の長い塀を見ながら歩いていると、左側の木立の中から生暖かい風がふいてきた。風というよりは、それはまるで化物の吐く息のようだった。鼻をつく悪臭が全身にまとわりついた。じっとしていると吐き気がしそうだ。
「な、何かいますね」
「同感」
田村刑事が拳銃をかまえた。次の瞬間には、闇の中に幾つもの赤い目が浮かんだ。ギラギラとしたその幾つもの目は、まるで待ち構えていたように、らんらんと輝いた。
「何の光だ?」
やがて闇の中に、巨大な影が動めくのが分った。木立の間でノソリと動く影。途端に周囲の木立もざわざわと揺れ、それだけ巨大な物体が移動してきている事が分った。
得体の知れない何かが近づく。額には汗が流れ、眩暈まで襲ってきた。
来るなら来やがれ! そう思った時、その巨大な影はノソリノソリと近づいてきた。たくさんの赤い光が一緒になって移動している。その姿が月光に映し出された時、玲子が悲鳴を上げた。
「こ、こりゃ何だ!」
途端に全身に生理的な嫌悪感が走った。目の前に現れたのは、巨大な蜘蛛だったのだ。全長が四〜五メートルはあるだろうか? 赤い目玉が頭上に幾つも並び、その口と思われる部分には凶悪な牙が二本、突き出ている。八本ある足はそれぞれが独立して動き、一本一本が波打つようにして動めいている。胴体は黒い毛に覆われて、ひどくズングリとし、頭の方に行くに従って黄色い部分が見えていた。先端にゆくにしたがって太くなっている二本の触覚が、こちらに向けられた。おそらく、獲物がどれ程の大きさか測っているのだろう。
「ひ、ひええ。大蜘蛛だ!」
「それも一匹じゃないぞ、三匹もいやがる!」
音もなく近寄る三匹の蜘蛛、獲物を見つけた喜びのためだろうか? 長く鋭い牙を、何度も噛み合わせていた。
「くそっ、取り囲まれたぞ!」
長い塀を背にして、三匹の巨大蜘蛛に追い詰められた。不意に蜘蛛たちは前の四本の足を宙に上げて、不気味なポーズを取った。
「何のつもりだ?」
前の肢体を上げて仁王立ちになる蜘蛛、胸の辺りから黄色の粉が流れてきた。
「いかん、毒粉だ、結界を張れ!」
後藤氏が叫んだ途端、玲子と林田が結界を張って毒粉を防いだ。そのままの姿勢で近寄ってくる蜘蛛たち。
ババン!
銃声が轟いた。田村刑事が発砲したのだ。蜘蛛の体からは緑色の体液がほとばしり、宙に二個の薬莢が跳ね上がった。
「キシャアア!」
初めて蜘蛛たちから、しゃがれたような声が発せられた。
「ざまあみやがれ!」
だが、蜘蛛たちもそう、やすやすと殺られてはくれなかった。銃弾を胸に受けた蜘蛛は複雑に前足をからめ始めたかと思うと、腹部の下の方から、幾つもの糸を周囲に発射したのだ。あっという間に視界を覆う蜘蛛の糸。それらがべったりと全身に付く。
「くそっ、動けない!」
ねばねばした粘液が雫のようになって、蜘蛛の糸を伝わってくる。それらは肌に触れると、途端に真っ白な糊のようになり、しつこくまとわりついてきた。動けば動く程、どんどん体が締めつけられていく。
「皆な下手に動くな、余計にからまるぞ!」
後藤氏が叫んだ。
獲物が衰弱するのを待っているのだろうか? 蜘蛛たちはゆっくりと八本の足を動かし、すぐには襲ってくる様子ではなかった。
困った事はそれだけではない。何とか糸を取り除こうとした時、一瞬、足下に巨大な影が流れた。それと共に聞こえてくる不気味な羽音。
ゴオオオオ!
大型の爆撃機が飛来してくるような轟音。さっきの生暖かい風と違い、今度は冷たく、肌を裂くような風が上空から急激に吹いてきた。
来た!
そう思った時、巨大な怪鳥の姿が月光の中に映った。翼を大きくはばたかせながら、急降下してくる。頭部に付いている目玉がギラリと光った。
「グワアアア!」
怪鳥の砲哮が斑鳩に響き渡った。
「くそっ、鬼烏まで出やがった!」
「早く逃げろ、食われちまうぞ!」
田村刑事が全員に叫んだ。
その時、予想もしないような事が起こった。蜘蛛たちはどういう訳なのか、鬼烏が現れると急に落ち着きがなくなったのだ。どうやら自分の獲物を鬼烏に横取りされると思ったのだろう。一斉に夜空を見上げると怪鳥に対して威嚇を始めた。
「な、何だ?」
シュウウ! とスプレーのような音が響くと、蜘蛛たちの白い糸が上空に吹き上げられ、飛行している鬼烏に絡み付く。鬼烏はそれが癪にさわったのか、方向転換をすると唸り声と共に、一気に急降下してきた。
「来るぞ!」
「伏せろー!」
ギュオオオ!
空気が震え、その風にもて遊ばれる。砂煙が辺り一面に舞い上がった。蜘蛛たちは見た目より体重が軽かったらしく、鬼烏の衝撃波を受けると、なす術もなく宙に浮かんで弾き飛ばされた。目の前に怪獣映画さながらの光景が展開された。
「ど、どっちを応援すればいいんだ?」
「どっちが勝っても困る!」
天敵が現れて動揺したのだろうか? 三匹のうち、あるものは上空を見つめて叫び声を上げ、あるものはその長い肢体で土中を掘り返し始めた。
やがて、その中の一匹が待ち切れなくなったように、ノソリと目の前に迫ってきた。何としても鬼烏より先に餌を喰らおうと思ったのだろう。長い肢体を振り上げ、毒々しい牙をむく蜘蛛。開いた口の中からは、粘液が垂れ下がった。
「佐伯さん、危ない!」
林田が叫ぶ。その声とともに身をよじり、蜘蛛の正前に手をかざした。
「風の鬼獣よ、佐伯光司の名において、今ここに姿を現わせ!」
「い出よ、風爆鬼!」
「クワアアア!」
風爆鬼の砲哮が聞こえた。突然、右手からは竜巻きが発生し、それが目の前にいた蜘蛛の巨体を引き裂いていく。長い肢体や、どす黒い腹部も宙に飛散し、後の二匹の全身もバラバラに切り裂いた。稲妻が地面に、そして宙に走ったようだった。あっという間に勝負はついたのだ。糸から開放された林田たちが、『潮騒の双剣』で残りの二匹にとどめを差した。
バラバラにされた蜘蛛たちは、暫く痙攣を続けていたが、やがて動かなくなった。断末魔の呻き声が微かに洩れ、連中の体液なのだろうか?緑色の液体がどろどろと石畳の上に広がった。
「佐伯さん、お見事!」
後藤氏がパチパチと手を叩いた。
「エヘヘ、どうも」
そうしている間にも、再び鬼烏はこっちに向って来る。
「また鬼烏が来ました!」
「そこの木の影に隠れましょう!」
後藤氏の指示が飛ぶ。急いで蜘蛛たちが出てきた木立の中に隠れた。茂みの間から顔だけ出し、そっと様子を伺う。
豪快な羽音を立てながら、鬼烏は舞い降りてきた。勝利を確信したためなのだろうか、長い口バシを宙に向けて、グワアア! と一声吠えた。間近で聞くと鼓膜が破れそうだ。
「何やってるんでしょうね?」
「しっ、黙って!」
今、音を立てては見つかってしまう。物音を立てないように全神経を集中させ、そのままの姿勢で鬼烏の動きを観察した。
「おい、あいつ何やってんだ?」
田村刑事が微かな声で言う。見ると、鬼烏は暫く辺りを警戒していたが、やがて千鳥のように石畳の上を歩き、長く細い首をくねくねとさせて、八裂きにされた蜘蛛の死骸を、食べ始めた。長い口バシを器用に動かし、次々と緑色の体液に染まった肉塊を喰らっている。鬼烏が肉を飲み込む度にその細い首が膨れ上がり、それがいっそう不気味さを感じさせた。
やがて、いい加減、蜘蛛の肉を食べ飽きたのだろうか? 鬼烏はその巨大な足の爪音をガチャリ、ガチャリと石畳の上に響かせながら、そこら辺をうろつき始めた。思えば太古の翼竜もこんな感じだったのではなかろうか?
「グエエエエ」
低い呻き声が、細い首から洩れてくる。鬼烏がそばまで歩み寄った時、一同は最大限、息を殺した。黒い巨体が大きく揺れながら、目の前を通り過ぎて行く。
「息を止めろ、気付かれたら大変だぁ、笑ってもいけません」
後藤氏がかすれた声で言う。
だが、どうした事なのか、後藤氏の方からプッ、と笑いが洩れた。
「後藤さん、笑ったら駄目だって言ったくせに!」
「あの鬼烏を見てたら、何だか『チョコボール』の鳥を思い出しちゃって」
「ぷっ!」
一同がいっせいに笑いを堪えた。こんな時に何だって変な事を言い出すんだ。
だが、笑ってはいけない時ほど、笑いと言うのは吹き出してくるものである。じっと見ていると、なるほど確かに『チョコボール』だ。
「さしずめあれはギョロちゃんですか?」
林田がそれに追い討ちをかけた時、とうとう全員がゲラゲラと笑い出した。途端に鬼烏の巨大な目がこちらに向けられた。
「しまった、見つかった!」
怪鳥は爪の音を響かせながら、突進してくる。見た目より陸上での動きは早い。
こうなったら逃げるしかない、全員が一目散に駆け出した。
「誰だ、ギョロちゃんなんて言った奴は!」
「林田さんですよお!」
「グワアアアア!」
鋭い砲哮と共に、鬼烏が背後に迫ってきた。辺りに轟く怪鳥の足音、巨大な頭をふりかざし、叫び声を上げる姿は恐竜そのものだ。周囲の木々が巨大な足に踏み倒された。
「皆な捕まるなよ!」
そう言った刹那、鋭い口バシが木々の間に突っ込まれて、ビュっと服が切り裂かれた。
「ちっ!」
右手を宙に向けた!
「い出よ、風爆鬼!」
風爆鬼が唸りを上げ、木立を切り裂いて上昇する。竜巻きと共に黒い羽根が飛び散り、鳥の体が後方へ弾かれると、辺りの大木もいっせいに倒れた。鬼烏は胸部から血を流し、ひっくり返ったままもがき苦しんでいた。そこを狙いすましたように、林田たちの『潮騒の双剣』が唸りを上げた。
ドシュ!
『潮騒の双剣』の真空波が黒い羽根を切り裂いて行く。鮮血が辺りに飛び散り、怪鳥の断末魔の声が辺りに轟いた。鳥は長い首を精一杯に宙に伸ばし、やがてパタリと地面に倒れた。その後はピクリとも動かなくなった。見ようによっては、それは作り物のようにも見えた。
「何とか退治しましたね」
「マジで殺られるかと思ったよ」
「ギョロちゃんは退治しましたか」
後藤氏が言うと、全員がガクッと頭を垂れた。
「それはもういいですって…」
「ハッハッハッ!」
高笑いする後藤氏。
「さあ、東院に入りますよ」
林田の声に頷き、東大門から中に入った。息を大きく吸い込み、目の前の闇をじっと見つめる。拳に力がみなぎってきた。
とうとうここまで来た…。もう少しでことだまにも会えるだろうか?。
しかし、戦いの本番はこれからなのだ。
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